正常性バイアス2017

『水戸黄門』の復活が、あまりよろしくない理由 (ITmedia)

・『水戸黄門』なんかに影響を受けた覚えはない、という人も多いかもしれないが、プロパガンダというのはそういうものだ。トランプ旋風など典型的だが、最初はただ単におもしろがって注目していただけなのに、気が付けばそれが社会主流になっている。


プリウスPHV パイオニア時代の終焉(ITmedia)

・すべてのインフラ発電が、水力や風力、太陽光などの再生可能エネルギー由来にならない限り、「電気自動車はゼロエミッション」あるいは「環境負荷ゼロの夢のクルマ」という言葉はただのウソで、CO2の発生をクルマが走っている時だけにトリミングする広告上の詭弁(きべん)である。
・しかも電気自動車には再充電に時間がかかるという重大な欠点がある。各社は充電時間の短縮に懸命だが、急速充電を行えば、エネルギーロスがどんどん増える。バッテリーの寿命にも影響を与える。短時間充電は環境的にはネガティブなのだ。


「日本の鉄道は世界一」という人がヤバい理由(ITmedia)

・なぜ多くの外国人ジャーナリストたちが「運行ダイヤ」を絶賛したのか。「やっぱり外国人はマンホールを撮影したり、日本人とは視点が違うなあ」で済ますのではなく、そこに引っかかった理由を、我々は深く考えるべできはないのか。
 かつてドラッカーがファシズムの本質だと述べた「運行ダイヤの正確さ」を誇らしげに感じてしまう我々に問題はないのか。
 そろそろ自分たちが重い「病」にかかっていることを自覚したほうがいい。


トヨタ筆頭に日本メーカーの商品力が強まる年(日経BP)

・エンジンのないEVの大量導入は、エンジン部品を手がける部品メーカーを傘下に多く持つ自動車業界のビジネスモデルを根底から覆す可能性があるだけに、日本メーカーはこれまで慎重だった。しかし、欧州メーカーが先鞭を付けたトレンドが世界に広がっていくというのがこれまでの自動車業界の歴史であり、この動きに乗り遅れれば、日本メーカーは存在感を失いかねない。


正常性バイアス2016

日本が成長できない本当の理由(HarborBusiness)

・英国の場合、『英国病』と呼ばれた暗黒の時代もありましたが、歴史上、いくつもの経済危機を乗り越えてきたこともあり、常に「根本的にどうすればいいのか?」という思考で問題に向き合うのです。


だから日本経済の生産性は「めっちゃ低い」(ITmedia)

・それは一言で言ってしまうと、客観的な事実に目を向けることなく、自分たちに都合のいい「願望」のような評価に引きずられてしまうという「病」である。
・だが、このように客観的なデータを提示されても日本人の多くはこの現実を受け入れようとしない。受け入れないどころか、「そもそも日本人はチームプレーが得意なので1人当たりのGDPなど意味がない」とか「日本人には生産性などという指標でははかれない力がある」という科学的根拠のない反論をしてくることの方が圧倒的に多い。
・日本人は「全体」と「個」の話をゴチャマゼにしてしまうことが多い。例えば、日本代表選手が金メダルをとると、実況は「見たか、日本の底力」みたいなことを平気で言う。その選手個人が成し遂げた偉業であるにもかかわらず、なぜか日本人全員がスゴいみたいな「勘違い」をするのだ。最近よくテレビ番組で見かける「日本の××は世界一」というのにも同じ問題が散見される。
・こういう戦時中の指導者層がつくりだした「日本型資本主義」はバブル崩壊を経て、「失われた20年」で完全に敗北をした。しかし、1億人以上という人口と、過去の遺産でなんとなくまだそれが露呈しない状態が続いているだけなのだ。


日本人は「人口急減の恐怖」を知らなすぎる(東洋経済)

・人口構成をみれば、問題は以前からあったわけで、人口急減は予測できていた、ということですね。
・高齢者が増えてくると社会保障で支えなければならない。すると生産人口が生み出した富のうちのかなりの部分が社会保障に振り向けられる。いわゆる投資に向けられるおカネが少なくなる。それが人口オーナス。jinkou.jpg


保育園に落ちた日のこと(nikkeiBP)

・それが、昨今では、現政権の施策に批判的な態度を表明している人々にいきなり「反日」という呼称を当てはめにかかる用語法がすっかり一般化している。ということはつまり、日本人に対して「反日」という言葉を使う彼らが自分たちの頭の中で想定している「日本」なるものは、まっすぐにそのまま「現体制」「与党」「安倍政権」を意味しているのであろうか。だとすると、その彼らの言葉の使い方は、国家の方針に同調しない自国民に対して「非国民」というタグを貼り付けていた人々とあまりにも似すぎているのではなかろうか。
・「日本死ね」の主張を「他責的」だと言って論難するツイートもいくつか見かけたが、そういう見方をしている人たちの言う「日本」も、やはり、どこかおかしい。彼らは、「日本死ね」の書き手にとって、「日本」が、徹頭徹尾「他者」であるという前提でものを言っている
日本を死に至らしめるのは、そんなに難しい話ではない。出産適齢期の男女が、子供を持ちたいと思えない社会を作れば、日本は、50年ほどで、きれいに死滅するはずだ。あるいは、日本は、既に、彼女の期待にこたえているのかもしれない。


トランプ大統領を生んだ米国民の怒りとは?(東洋経済)

・単純に言えば、グローバル化と技術革新が多くの人々から競争力を奪ってしまったことが原因だ。我々がやってきた仕事を、今や海外の低賃金労働者やコンピュータ制御の機械が、もっと安価にこなしてしまうからなのだ。
・しかも悪いことに、そうなると論点が「自由経済の美点」対「活動家型の政府」の是非に陥り、いくつかの重要な論点、たとえば、現在の市場が半世紀前の市場に比べどれだけ異質なものになってしまったか、なぜ50年前にはうまく分配できていた繁栄が、現代の仕組みでは広く共有できなくなるのか、さらには、市場の基本的なルールとはどうあるべきかといった論点から人々の目がそらされてしまったのである。


「普通に暮らす」という戦い。日本はあと25年で後進国化する(MoneyVoice)

・そもそもこれだけGDPが小さければ、「先進諸外国」との「物価の格差」も「賃金の格差」も拡大してしまいます。すなわちその頃の日本は、今では想像できないくらいに、「モノ」が安く、「所得」も低い国になっているわけです。それはつまり「先進諸国」の人々が買えるようなものを、多くの日本人は買えなくなってしまうことを意味します。
・そして悲しいことに、「日本企業の価格」それ自体も縮小しているので、「ホンハイによるシャープ買収」のようなことが繰り返され、日本企業が「買いたたかれて」いきます(そして、そんな「企業の爆買い」を通して日本企業固有の技術はあらかた盗まれていくでしょう)。


マクドナルドが犯した最大の失敗。「望まぬ顧客」はなぜ増えたのか?(Mag2)

・大きな問題となっていたのが「顧客の質の低下」です。マクドナルドを利用する顧客のモラルが低下していたのです。
・「類は友を呼ぶ」ということわざがあるように、望ましくない顧客が望ましくない顧客を呼び寄せます。いつのまにか、店内が望ましくない顧客で溢れかえるようになりました。


ガラパゴス化は勝ち筋戦略(日経BP)

「ガラパゴス化=ビジネスの失敗」と揶揄していること自体、大同質化時代にどっぷりはまった考えであり、こういった思考である限り、レッドオーシャン市場で機能と価格の“疲弊戦”を続けることになるのです。


電通や東芝といった大企業が、「軍隊化」してしまうワケ(ITmedia)

・旧日本軍をモデルとした日本の大企業に、このような不正が増えているというのは、「敗戦」が色濃くなってきたからではないのか。


大企業に巣食う「Made in Japan」の呪縛(現代ビジネス)

・つまり、成功すれば「みんなが頑張った」失敗すれば「みんなが悪かった」で済ましてしまう。そのため「何が」うまく行き、「誰が」貢献度が高く、「なぜ失敗」し、「誰が」悪かったのか、をはっきりさせることができないということになる。つまり成功も失敗もその原因を科学的に分析ができていない。成功も失敗も要因分析をしないため、将来へ生かせない
・再分配をしたから日本が経済成長したのではない。原資があったのを再分配したわけであり、原資がなければ、そもそもあの時代にあんな無茶なことはできなかったのである。当時の日本経済はまず肝心の「先立つものを」を持っていた。敗戦国ゆえの貧乏で信用もなく、ろくな借金もできない国だった日本はまず実業で稼いだわけである。
・高度経済成長の時代には、国内での再分配の原資は日本人がMade in Japan モデルで日本人の工場「労働」によって海外から稼いだ「富」が国の収入になったものだ。しかし、残念なことに、前提となる原資を生み出す、「富を生み出す仕組み」が、早い会社では50年前、遅い会社では20年前から、変わってしまっている。その結果として、現在は、さまざまな社会システムに支障をきたしているわけである。
・それでは、戦後のMade in Japan とはなんだったのか? それは工場における、トヨタ生産方式と工場内での日本的品質管理の組合せのことである。さらに言えば、トヨタ生産方式 + 日本的品質管理の原則に則った生産技術開発の進歩を含めても良いだろう。
・生産技術に関しては、近年高度化した生産技術メーカーから買えば良い。製造に関するノウハウは生産技術の機械の中に蓄積されることは分かるだろう。
・言い換えれば、グローバル市場においては、単に量産工場で良い仕事をしているから、製品が選ばれる(つまり売れる)時代はとっくの昔に終わっている、ということだ。なぜなら、「どこでも誰でも学べばできる」からである。「当たり前」である。


日本のお家芸「技術力」が、実は景気回復の足を引っ張っている(Mag2news)

・「自分たちに有利な環境づくり」。これが日本人が最も不得意とすることで、日本は誰かにルールを決めてもらい、与えられた枠組みなどの「環境」の中で頑張るのは得意です。しかし、「環境」そのものを自分に都合よく変えるという発想がなく、致命傷となっています。つまり、目の前のバトル(戦術)に勝とうとするばかりに、それよりも高いレベルのルールづくり(戦略)に目が向かない。日本は勝負自体で勝とうとすることよりもむしろ、「自分の都合のよい場」をつくって相手(そして自分自身も)を「コントロール」することを心がけるべきです。


特殊部隊創設者の新著は「リーダーの教科書」だ(nikkeiBP)

・アメリカという国は、誰がやっても勝てるように戦略を立てるのが得意な国です。信じられないほどの予算を使い、バカにデカい飛行機をつくり、人の土地に行って何か落っことして帰ってくる。このアメリカ流の戦い方は、戦い方さえ決まっていれば、誰にでもできることです。その戦略を元に、個人に期待せず、歯車として管理する。それができるのが、彼らの素晴らしい能力です。歯車は、いくらでも代えられます。
・重要なのは、いかにして相手を相手の苦手な環境に引きずり込むかです。


外国人からの「想定外の質問」がイノベーションを生む力を鍛えてくれた(ハーバードビジネス)

・革新的なアイデアは前例がないため、評価する側にもその良し悪しを判断することが困難です。評価する側がその効果を見通すためには、「顧客が気づいていない問題」を意識できていなければなりません。どれが革新的なアイデアなのかを見極めることが難しく、なかなか評価できないのです。
・全社的にイノベーションを起こす能力を高めることは、非常に大事なトレーニングです。現場からのアイデアと、それを正しく評価して磨き上げるマネジメントの両方が伴わなければ、優れたアイデアの芽を摘んでしまうことになりかねません。実際に日本企業のほとんどは、その状況に陥っているのではないでしょうか。


日本企業の「先送り」体質、そのルーツは旧・日本軍にあった(SBクリエイティブ)

・現在日本は、少子高齢化社会という人類史上類を見なかった未知の世界に入ろうとしている。当然のことながら若者が少なくなることで労働力が不足し、生産力が下がる。消費意欲の乏しい老人の増加で国内消費が減少し、国内市場そのものが縮小していく。日本が経済大国であった時代が終焉し、出口の見えない長期不況の中で、これまでのやり方が通用せず、日本は今、想定外の危機的な状況に陥っている。
・太平洋戦争での日本軍は初期の快進撃から一転守勢に立たされたのは、これまでの戦闘の方法が通用しなくなったからだ...という現実認識ができず、それまでのやり方からすれば「想定外」の状況の連続に大混乱を起こし、突破口を見つけることができず敗戦を迎えた。


資本主義は、もう「戦争」でしか成長できない(東洋経済)

・「経済成長は、もうできません。だから、成長戦略もありません」とあっさり認めてしまって、「成長しない国をどうやって運営していくのか。どうやって1億2000万人の国民を食わせてゆくのか」について、オルタナティブのプランに知恵を使わなければいけないはずなんです。知的な資源は「成長しなくても、生き延びられる戦略」の立案に集中すべきなんです。
・「何が何でも経済成長を」という心理は、自らの不能性を否認したいという惨めな欲望に支えられ、さらにそれは排外主義にもつながりかねないわけです。
・経済成長が必要とされるケースというのは2つしかない。すべてを失ったときと、これからすべてが始まるときである、と。


コダック破綻のケースから学ぶ、IoT時代の破壊的変化に対応する方法(HarvardBusiness)

・利益基盤をアナログ印刷からデジタル印刷へと変えるために、コダックは痛みを伴う厳しい改革を実行したのだ。にもかかわらず、破綻した。何が間違っていたのだろうか。
 コダックは自社の技術革新に専心するあまり、ある事実に気づかなかった。それはデジタル印刷を可能にした技術要素が、まさにそれ自体の進化によって、自社の土台を脅かしたということである。
・コダックは当初、破壊的変化を受け入れてデジタル企業へとみずからを変革するという、苦しい道へと踏み出した。その際に目指していたのは、写真を紙に印刷する新たな方法の確立であった。
 この戦略の盲点と、その後の崩壊の根本原因は何か。それは「エコシステムにおける関連要素の進歩」によって、最終目標の価値が一掃されてしまう――この可能性を予見できなかったことだ。


2016年ものづくり白書(経産省)
無題

「立ち上がれ!ソニーの中の“不良社員”」(日経BP)

・デジタル化の時代になって、韓国勢や中国勢、台湾勢が、その製造装置を買うことができれば、日本企業と同じ品質やスペックの製品が作れるようになってしまった。半導体は物理学の世界で、原理原則をきちんとやると、後は論理的に同じ結果が出る世界なんだ。だから同じ装置を使えば、同じ品質のものが作れる。


「管理屋の跋扈でソニーからヒットが消えた」(日経BP)

・研究開発を始めて、たった3年で利益が出るような簡単な技術なら、どんな企業も真似するよ。そうじゃない技術の「芽」を見出して事業化しようとする目利きがあるからこそ、差別化ができるんだ。


豊田章男社長が「もっといいクルマをつくろうよ」と言い続ける理由(President)

・自動車は幸い、巨大な装置産業ゆえに参入障壁が高いため、家電のようにはならないですんでいる。豊田社長は白物家電的なクルマづくりだけをやっていては将来、付加価値低下は避けられないとみている。それが「もっといいクルマをつくろうよ」という言葉の真意であり、レクサスをブランドづくりの尖兵という存在に位置づけているのだ。


日本経済は、もう詰んでいるのか? 人口減少「放置」が生んだツケ(MAG2news)

・日本の衰退は、家電産業の衰退で63兆円もの産業が半分以下になったことが大きい。観光として、外国人が2,000万人も訪日したが、1人10万円を使ったとしても2兆円程度の規模であり、航空機代で30万円としても6兆円であり、家電産業の63兆円を代替できない。この家電は、多くの部品産業も下に抱えていたので、多くの雇用も失われたのである。
・日本の衰退の大きな原因は、家電などの製造業の衰退で、給与が安いサービス産業が代替として大きくなり、そのため非正規雇用の安い労働力に頼る産業しか雇用先がなくなったことによる。


ニッポン半導体のシェアがついに8%に(YahooNews)

・電機がリーマンショック以降、ダメなことがわかったのにもかかわらず、それを半導体事業が悪かったからという言い訳にしてきた。だから本当の病巣を見つけられなかった。
1980年代は商品寿命が7~10年もあったから、この戦略で成功した。しかし、商品寿命の短い今はかつてのこの戦略が使えない。そのソニーも独自製品を生み出せない体質に変わってしまった。
・半導体産業が活発な米国では、ファブレスが非常に多く、台湾、中国が続いている。特にファブレスで日本が中国に抜かれていることは、日本の技術力そのものに疑問符がついているようなもの。
・ファウンドリビジネスの得意な台湾は、日本と違いブランドを表に出すよりは実を取るビジネスを好む。これに対して日本は、武士は食わねど高楊枝、見栄を張るだけで、ひたすら沈み、デフレをまっしぐらに走っている。この姿は半導体ビジネスだけではなく、ニッポンそのものをよく表しているようにも見える。


震災特番「視聴率全滅」が意味するもの~日本人は冷たいのか? それとも、見られない理由があるのか?(現代ビジネス)

・『目を逸らす』という態度と、『端から無関心』は違います。無力感だったり、変わらない原発政策への絶望だったり、家族を喪った人を見るのが辛いという気持ちだったり、そういうものから目を逸らして生きるのは、むしろ生きる術なのではないでしょうか
・不運ではなく、そういう生だったのだ。不運と思っては、哀し過ぎるではないか。不運と思うな。そう自分に言い聞かせて、今日まで来ている。


なぜグローバル化は日本人から「品格」を奪ったのか(President)

・企業はヒト・モノ・カネで成り立っているものの、バランスと順位(ヒトが1番目)は不変という日本的経営の良さを、外資が壊したと指摘。「ハゲタカが求めるカネ(配当や売却益)に経営の重点が移り、ヒトはカネを生み出す『機能』としてしか見ない傾向が定着したことが、いかに日本企業を劣化させたか」
・つまり、成長から成熟、衰退のプロセスを熟知しているわけだ。恩地氏は「これからの日本は、経済活動にしても、政治にしても、欲深さや不正直ではなく、本当の意味で品格が求められるのではないか」という。そして、その好例をイギリスに求める。


日本はかつてない「安売り」の時代に入った

・没落……とまで言うと厳しい言い方だが、ジャパンマネーの弱体化のスピードは思いのほか速かった。そのスピードに戸惑うのは仕方ない。その事実に、傷つき、自信を失っている日本人は多いだろう。目を伏せたくなるのも無理はない。力が弱まる勢いと呼応するように、過剰に日本を礼賛する、保守的な右翼寄りの論調が立ち現れた。
・モノづくりの力を称え、歴史の深さを誇り、日本の良いところばかりを強調する。そして関係の深い隣国である韓国や中国(なぜかロシアは叩かない)を、厳しくバッシングする。これは歴史的に、先進国が必ず陥る現象でもある。


「日本の中枢は、いまなおメルトダウンを続けている」(現代ビジネス)

・日本の「リーダーたち」にとっては、「不都合な真実」は「存在しない」か「記録等がなくて確認できない」ことが多い。
・報告書には日本社会のエスタブリッシュメント(既成勢力)にとってあまりにも都合の悪いことばかり書いてある。報告書は「不都合な真実」だったのだろうか。現在の状況は国会事故調などまるで「存在しなかった」かのようである。


ムヒカ大統領から日本人へのメッセージ

・名誉とは「任務を最後まで全うするということかな。自分が引き受けたスポーツでの任務をね。君たちの文化ではとても大切なことだろう?」
・ペリー提督がまだ扉を閉ざしていたころの日本を訪れた時の話さ。当時の日本は『西洋人は泥棒』って思っていた時代だね。あながち間違いではなかったけど、賢い政策で対応したとは思うよ。西洋にある進んだ技術に対抗できないことを認め、彼らに勝る技術をつくろうと頑張ったんだ。 そしてそれを成し遂げてしまった……実際にね。でもそのとき日本人は魂を失った
・多くのモノを持たず、それ以上を望まなかったかつての日本人。たしかに「足るを知る」を美徳とした文化は、いつしか私たちの手の平からこぼれ落ちてしまった。
・西洋の悪いところをマネして、日本の性質を忘れてしまったんだと思う。日本文化の根源をね。幸せとは物を買うことと勘違いしているからだよ。幸せは人間のように命あるものからしかもらえないんだ。物は幸せにしてくれない。幸せにしてくれるのは生き物なんだ
・根本的な問題は君が何かを買うとき、お金で買っているわけではないということさ。そのお金を得るために使った『時間』で買っているんだよ。


日本は「格差社会」である前に「階級社会」だ(東洋経済)

・大切なことは、ミクロな視点から出た解答は必ずしもマクロな視点での解答と一致しないということだ。各学校が目の前の生徒を前提に採る教育方針と国全体で行うべき適切な方針は決して同じではない。
私が専門とする物理学では、統計力学の手法によってミクロとマクロの世界を繋ぐことができるのだが、教育の分野でそれを行うのは難しい。


異常なコストダウン競争で「底が抜け始めた」日本社会…手抜き・騙しが常態化(BizJournal)

・たとえば、教育費の削減などはただちに問題が発生することはないが、5年後・10年後には人が育っていないから企業衰退の原因となる。
・機械製品を例に挙げると、素材を減らす(薄くする・小さくするなど)、別の素材に変える(今まで時間をかけて精度を高めてきたのにバランスが崩れる)、部品点数を減らす(メンテナンスに却って手間がかかる)、顧客の目に触れない箇所の手を抜く(耐用年数が短くなる)など、挙げればきりがないほどである。


すべての戦略には使うべき状況がある(日経BIZ)

・人の場合も同じだが、現実にさらされない万能感に毒された人物より、現実に揉まれて自分のできること、できないことをわきまえた人の方が、成果は上がりやすい面が確実にあるのだ。また、この観点からは、他社での失敗事例が積み重なった戦略こそ、逆に使い出のある状態に熟成したと考えられるケースの存在も示唆する。
・まず、問題を誰も与えてくれない以上、自分で何が問題かを探して掛からなければならないケースが出てくる。特に企業においては、ある程度以上の地位を得ると、仕事は自分で創り上げる、つまり成果の出る問題設定を自ら行うことが必ず求められるようになってくる。
・こうした「現状認識と問題設定」の力は、知識の習得を主眼とする学校では身につけにくく、偏差値の高い大学の出身者でも、社会で成果を残せないケースが生じる理由の1つだと言われている。常に問題を他者から与えられることに慣れてしまい、自分で問題を見つけられない心性を身につけてしまうからだ。


転機は95年、強い日本型経営が暗転した(日経ビジネス)

・一体何が起きていたのか──。90年代に入る頃から本格化したのはパソコンの普及であり、インターネットの浸透だった。あらゆる情報と技術がデジタル化し、新興国でも規格化された機械を導入して、ネットに接続すれば、熟練工なしでも一定以上の品質のものが大量生産できる。そんな時代がここから始まった。
・様々な分野で価格が急激に下がり、新興企業の強烈な挑戦に先進国の大企業は苦境に追い込まれた。
・ところがウィンドウズ95が道を開いたデジタル化とネット化の奔流は、長期雇用の中で蓄積していく熟練の価値をほぼ消し去った。デジタル化された機械を購入すればある程度の品質のものを効率よく作れるようになったからだ。DRAMなどはその典型だった。こうして終身雇用や現場主義は、電機産業を中心に日本企業の強みとは言いにくくなっていった


トヨタ自動車社長の豊田章男氏が自動運転についてコメント---「愛」にこだわる(日経BP)

・自動車メーカーとしてもう1つ違う点は、クルマには『愛』が付くことである。つまり、自動車メーカーが造るのは『愛車』。これに対し、IT企業が造るのは『i車』という違いがあるというこだわりを持っていきたいと思っている。


ニッポンの家電産業はなぜ負け続けるのか? 手遅れになる前に「現場」への大胆な権限移譲を!(現代ビジネス)

・古い映画だが、世紀の大事業として語り継がれる黒部ダムの建設を描いた『黒部の太陽』などを観ると、高度成長を支えた電力事業などのインフラ産業においても、そこに描かれている戦後の経済人や企業人には、国家再興に命を懸けたプライドや気迫がみなぎっていた。
・日本の家電産業はなぜ苦境に追い込まれたのか。一つ目は、インターネットやクラウドコンピューティングの発達によって、家電の定義が変わってしまったこと,二つ目は作り方が変わったこと,三つ目は、「ムーアの法則」やデジタル化による過当競争で製品のコモディティ化が進み、ライフサイクルが極端に短くなったこと,四つ目は、スマホやSNSの浸透で消費行動が様変わりしたこと

正常性バイアス2015

軍事的な「天才」、勝負師の条件(日経BIZ)

・直感を磨くのに必要なことは、現場のど真ん中で、ひたすら揉まれ、考え、感じること。いくら優秀な人材がデジタル的な知識を詰め込み、ケーススタディを学び、現場の人に何人も取材したとしても、身にならない面が残るのだ。
・アナログな感性を身につける基本としては、まず、
実践や現場に長く揉まれる経験を持って、勘の母体とすること
これは職人が、技術の習得のために長年修練を積むのとまったく同じ理屈だ。さらに、
「幅広い教養を学んで、多面的な視点やバランスの良さを身につけること」
が必須になってくる。もちろんこの2つを兼ね備えることは、容易ではない。しかし、その困難を乗り越えた者こそ、各ジャンルで「名人」や「達人」と呼ばれていくわけだ。
・情報をとったり、そこから正確な判断を下すために心がけているのは、まず気持ちの余裕。焦りが出ると、物事を正しく見ることができなくなります。
 それと、できないことはできないとする、良い意味でのニヒリズムや、諦観、一種の開き直りのようなものも必要ですね。つまり、自分を客観視するということ。私は、もう1人の自分が自分を見ているという感覚を持つようにしています。


「美しい国だワクチン」を接種された日本人(日経BP)

・そう、「あるわけがない」という思い込み。たとえ見ていたとしても、頭の中でフォトショップを働かせて、そこだけ消し去っているんですよ。僕が『ニッポン景観論』を書いた動機のひとつが、その「意識」に対するものですね。みんな「日本は美しい」という意識を頭の中に持っていて、現実を見ようとしていないんです。景観がヘンになっていることに気付いてない。
・目から鱗が落ちた後は、少しは問題意識を持つかもしれませんが、それまでは「日本は美しい国なんだから」と本当に信じていたんですよ。その意識はワクチンみたいなもので、「日本は美しい国だワクチン」を接種されているから、どんなにひどい景観を見ても、感じなくなっている。
・あの国では、国が決めたことについて、賛成反対を国民が表明することはできないんです。その点、日本は一応民主主義で、手を挙げられるし、何でも言えるじゃないですか。
・プアな国はお金が付くと、まず山をしゃーっと平らにして、道路を作りましょう、ということになる。それが経済発展、文明発展だと思ってしまうんですね。
・お金のある国は、その段階からちゃんと卒業していったわけですよ。日本はこれだけお金持ちになっても、まだスピリットは途上国のまま。


相次ぐ不祥事、日本企業はいつから「真面目で誠実」をヤメたのか〜この社会が変質した本当の理由(現代ビジネス)

・仕事に対するプライドを喪失した。それこそがデタラメ仕事が起きる根本的な原因である。信頼性が傷ついたのは、その結果だ。そうだとすれば、信頼を取り戻すためには、仕事へのプライド復活をなにより優先しなければならない。
・なぜならプライドとは、自分に対する尊厳であるからだ。プライドを守るのも傷つけるのも自分自身である。仕事ぶりをチェックしてくれる他人に任せておけばすむような話ではない。
・かつて「武士は食わねど高楊枝」という言葉があった。いま、そんな台詞はほとんど聞かれなくなったが、高楊枝の精神性を受け継いだ日本人はどう尊厳を保ったのか。それは厳しい自己規律だった。


「中国崩壊」論は、単なる願望にすぎない(東洋経済)

・平和を維持するためには、国際情勢を冷静に分析することが重要である。「中国崩壊」と題した本や雑誌は、まさに、国民の願望をあおる形で戦前と同じような状況を作り出してしているのではないか。
その結果、日本は正しい方向に舵をとることができなくなってしまった。ただ、それは日中戦争の再来を意味するわけではない。歴史はらせん型に繰り返す。もう一度、同じことを繰り返すわけではない。今度の戦争は武器を使った熱い戦争ではない。経済戦争であり、貿易戦争である。
冷静に分析すれば、過去10年間、日本は中国との貿易戦争にぼろ負けしている。「えー、あのすぐ壊れる粗悪品を作っている中国に負けているの!」。多くの人が、そう思うだろう。だが、実際に負けている。その事実を知らないのは、マスコミが正しい情報を伝えてこなかったためだ。
・アベノミクスの大胆な金融緩和によって、円はドルに対して大幅に安くなっている。一時は1ドル=76円にまでなったが、現在は120円程度になっている。しかし、それでも輸出が思ったように増えない。その最大の原因は、世界中で中国の製品と競合して、競り負けているためである。
為替を大幅に下落させても勝てない。この事実は重い。それは円安がこれからも続く保証はないからである。現在、海外旅行をすると、海外の物価を高く感じる。日本の実力を考えれば、円は不当に安くなっている。日銀の超金融緩和政策によって、円が過度に安くなっていると考えても間違いではないだろう。そうであるなら、数年のオーダーで見れば、1ドル=80円程度の円高が再来してもおかしくない。
だが、1ドル=80円時代が再来すると、日本の輸出産業は絶滅するかもしれない。われわれは恐ろしい時代を生きている。しかし、マスコミはその事実を知らせることなく、中国が崩壊するなどといった無責任な情報を垂れ流している。そして、多くの人は心地よい情報を喜んで受け入れている。
心地よい情報だけ聞いていては判断を誤る。それは歴史が証明するところである。相手をよく見て冷静に分析することは、何も難しいことではない。食料、エネルギー、貿易、不動産価格など多方面にわたるデータを集めて、総合的に考えてみることだ。その際には、自分の願望を分析に入れ込んではいけない。


過剰な「外注開発」が日本車の品質低下を加速させている~失われていく「良いクルマ」を生み出す土壌(JBPress)

・今、日本の自動車メーカーが送り出す製品の資質低下は、基礎技術開発の停滞、設計品質の劣化、さらに走行試験と改良を重ねたところに生まれる“動質”のつくり込み不足が重なり合ったところに起きているものだ。走らせて動質を体感し、そこに現れるものを生む技術要素を追ってゆけば、具体的な問題点はもちろん、ものづくりに取り組む組織の弱点も浮かび上がってくる。そして今、自動車に象徴される日本のものづくり産業が世界の後塵を排する危機に陥っているのは、実は個々の開発現場に起因する問題ではない。これは「ものづくり組織」を運営する「経営」の問題である。


競争がガキとジジイしかいない国を生んだ(東洋経済)

・彼らが今の30代よりもずっと大人に見えるのは、顔の造作の問題というより、写真を撮られるときの緊張感の問題ですよね。「写真に撮られるときには、大人としての表情をたたえておかなければいけない」という意志が働いているからこそ、そういう表情の写真が残っているわけです。
そういう意味では、「大人」というのは、人格というよりも「役割意識」に近いものだったんじゃないでしょうか。
・「学者は現実的な提案を何もしない。机上の空論ばかり言っていて役に立たない」という批判は、それだけ見れば「おっしゃるとおり」なんですよ。実際、学者というのは現実的には「役立たず」であることが多いから。でも、そもそも社会的に「役立たず」である学者という存在を許容しているからこそ、長期的に見たときに社会は安定する、ということもある。
・橋下さんって、議論ではほとんど無敵なんだけど、なぜ無敵かといえば理由は簡単で、まったく人の話を聞かないからですよね。彼にはいくつか、「既得権益をぶっ壊せ」「役人が諸悪の根源である」といった主張があるけど、彼の議論ってそれらを繰り返し主張するだけなんです。
それに対して何か言う人がいても、「俺の意見に反対なら対案を出せ」といった、いくつか持っている必殺の「切り返しフレーズ」を連呼するだけ。相手の立ち位置とか言い分をしょうしゃくするということなく、ただただ自分が持っている最強の武器で切りかかっていく。これは議論においては、最強といっていいぐらいの戦略です。だから、これまで彼と論戦になった「大人」はボロボロに負けちゃうしかなかった。
・そうやって「大人」を駆逐して、「ガキ」と「ジジイ」しかいない社会を作ってきた結果いま何が起こっているか。ひとつは、「責任を取る人」が誰もいなくなった、ということだと思うんです。政治もそうだけど、世の中のニュースを見ていると、とにかく平気でとんでもない嘘をついて、その責任を取らない人が増えているじゃないですか。それは結局、この社会から「大人」がいなくなったことによって引き起こされた問題だと思うんです。


そして日本からオトナがいなくなった(東洋経済)

・ところで、そもそもいま我々が話しているような「大人がいなくなった」という問題に対して、「なぜ大人がいないといけないんだ。そんなのいなくていいじゃないか」と考える人もいると思うんです。でも、僕はまさにそのことを問題にしているんですね。社会の中で「大人にならなければいけない」「社会には大人が必要だ」という意識が希薄になってきていることが、非常に厄介な問題を生みつつあると思うんです。
・いちばん大きいのは、僕らは家父長制的な、縦社会の圧迫を受けてきた経験を持っていますが、今の40代より下の世代だと、そういう縦社会の理不尽な圧制をあまり受けずに育って来たんじゃないか、ということです。
実は、そういう人が中核を占めるような社会で何が起きるのか、ということは歴史上例がないわけで、いわば社会実験をやっているような状況にある、といってもいいと思うんです。
・もちろん、現実の「任侠」って呼ばれていたヤクザ者が、映画に描かれているような立派な人たちだったかというと大いに疑問符はつくんですよ。でも、『昭和残侠伝』というのは、昔ながらの任侠と、新たに進出してきた愚連隊の対決という構図を通して、戦中派の人々が、戦後の日本社会の中で生きる日々の中で、痛切に感じていた「失われつつあるのだけれど、決して失われてはならないもの」を必死に描こうとしているんです


欧米に洗脳された日本の経営者(日経BP)

・メディアも悪い。ここのところ、ROE(自己資本利益率)の高い会社をもてはやす傾向にある。過去には、ROI(投下資本利益率)、ROA(総資産利益率)にEPS(1株当たり利益)…。その時々で様々な指標を持ち上げてきた。これらの指標は、時代とともに移り変わる女性のスカート丈と一緒。あくまで「流行」にすぎない。
・日本の国としてのクオリティーは、グローバルの視点から見ても非常に高い水準にある。何も、欧米諸国の考え方をそのまま受け入れる必要などない。日本は日本独自の発想で、経済を動かしていけばいいのだ


富士フイルム、卓越した経営 古びた「当たり前」を愚直に実行、主力事業消滅の危機を克服(BizJournal)

・カラー写真フィルムに世代交代すると、それらの会社の多くは淘汰された。そして残った主なカラー写真フィルムメーカーは、米国コダック、独アグファ、コニカ、そして富士フイルムの4社だけだった。その理由は、白黒フィルムの製造技術の延長ではカラー写真フィルムを製造できなかったからだ。三原色の微妙なバランスにより天然色を再現するカラー写真フィルムを製造するには、極めて高度な基盤技術が必要とされたのである。
・一見「コア技術」(=強み)と思われがちな写真フィルム技術は、実は「コア技術」ではなく「製品技術」であることがわかる。カラー写真フィルムを製造していたメーカーは、実は高度な基盤技術の集合体である写真フィルム技術を生み出すために、自分たち自身も十分に意識していなかった技術上の強みを持っていたのである。米国コダックが倒産したのは、その強みを生かして新規事業を立ち上げることができなかったからだ
・実はコダックは、1988年に巨額を投じて製薬会社を買収するなど、むしろ富士フイルムよりも先手を打って様々な多角化事業を積極的に進めてきた。しかし当時は本業の写真フィルム事業が好調だったこともあり、富士フイルムと比較して多角化意欲が薄かった面は否定できない。事実、1988年に買収した製薬会社も1994年に売却している。タイミングの違いはあるものの、両社の危機感の差からわれわれが学べるところは大きい。


日本経済の真の課題(newsweek)

・あるいは、もう少し同情的に言えば、潜在成長率が落ちているという事実を認めたくなくて、無理矢理足元のGDP増加率を上げることで、何か勢いで流れが変わるようなことを祈って、あるいは呪文を唱えてきたのかもしれない
・人々は潜在成長率の低下に目をつぶり、あるいは呪文により目をそらされ、せっせと目の前の需要、株価高騰による消費バブル需要、住宅投資前倒しによる一時的な需要、極端な円安による観光、お土産、海外投資家、消費者の需要を取り込むことに必至になり、熱狂し、それにより、ただでさえ、人口減少、労働力減少により、生産力が落ちてきており、それは将来的にさらに深刻になるにもかかわらず、将来への人への投資を怠り、そのエネルギーを目先の需要獲得に浪費してしまったのである。
・さらに悪いことに、円安が進行したが、これは目先の観光、海外消費者の需要を生み出すだけで、日本のモノをドルベースでは40%の大安売りをして、バーゲンセールを行ったことにより生まれたモノであり、40%バーゲンは我々の不動産などの資産についても同時に起こっており、長期的には、海外の資源や企業や資産を買う力を40%削減したことになる。


なぜ日本人は二者択一のとき「思考停止」するのか(President)

・かつて集団に埋没していた日本人はいまやインターネットに埋没しがちである。手段を手段として自律的に扱うことが苦手なので、便利な道具に飛びつき、それに流されてしまう
・日本人の美意識、あるいは長所ともされたあいまいなものをあいまいなままに受け入れ、それを大事にするといった心情は、ITとはもともと相性が悪い。ITを利用しながらそれを生かしていくといった方向はあり得るわけだけれど、実際には、ITによって日本人の長所は急速に失われ、短所というか欠陥は逆に肥大化している。


日本人の生活は、ますます苦しくなっている(東洋経済)

・企業の経営者に限らず、リーダーと呼ばれる人にとって、最も求められる資質のひとつに、自分にとって耳が痛いことにもしっかりと耳を傾けるというものがあります。


2015年ものづくり白書(経産省)
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「策略的競争戦略」なき電機業界の崩壊~シャープはなぜ脱落したのか(Nikkeibp)

・電機各社が赤字企業ランキングの常連に
・日本の電機は何故、エレクトロニクスで負け続けたのか
・完全情報の下では「完全競争が現出し、超過利潤が消える」
・アナログ時代と異なり、情報がデジタル化されている現代ではソフトをコピーしても劣化することはない。シャープが部品やソフトを一部外注すれば、外注先から技術がデジタル的にコピーされて広がっていく。
・情報端末がどんどん進化して、文書だけでなく音楽や映像もやり取りできるようになり、本や時計を持ち歩く必要がなくなった。固定電話機やオーディオ、カメラやゲーム機もいらなくなった。スマホさえあればテレビもラジオも、ナビや辞書すらも必要なくなった。これらはすべてスマホのアイコンにされてしまった。一体、カメラ業界や音楽業界、ゲーム業界…etcはどう線引きしたらいいのだろう
・電機業界は「重厚長大複雑業界」で勝負すべき
・例えばインフラ事業は「長期間かかるスローなビジネス」であり、「顧客と粘り強くコラボしながら進める開発プロセス」が必要で、「夥しい数の下請け企業を巻き込みコンセンサス型でリードしていく事業」であり、「売った後もメンテなどで顧客と長い付き合いとなる事業」である。日本人は「コツコツ努力」、「策略ではなく誠実さ」、「長い付き合い」、「顧客や下請けを含めてチームワーク」などが得意で、この体質にマッチするのがインフラ事業であり、日本企業が成功している事業なのだ。


トヨタの戦略は正解なのか――今改めて80年代バブル&パイクカーを振り返る(bizmakoto)

・モジュール化は確かに合理的だ。しかし事前に長期計画を策定し、その計画に沿ってクルマ作りに臨むということは、かつて計画経済が陥ったのと同じ落とし穴の危険があることは容易に想像できる。部分か全体かという差はあれど、最適化とは多様性の喪失だ。それが進化の袋小路への片道切符になってしまう可能性は常にある。
・従来のクルマと明確に一線を引いていたのは、エンジニアリング的論理性を無視した点にあった。今の言葉で言えば、商品企画の暴走である。「これが流行っている。売れるから出せ」。技術と商品企画の正しい綱引きをスキップしている点で、少なくとも長期計画に取り入れるような知性に基づく商品ではない。
・そういう時代に、ある種の「バカなお遊び」としてパイクカーは生まれ、「軽チャー」な時代背景の中で刹那のヒットとなり、遊びとして消えていくはずの企画だったのである。まさかそれが新しいデザインジャンルを生むとは誰も思ってはいなかったはずだ。


外国人が日本ホメる番組や書籍 頭をなでられ喜ぶ子供のよう(Postseven)

・日本人はいま、本当は世界から無視されている現状を見ようとせず、まるで「おとぎの国」にいるようなフリをして自己陶酔に陥っている。外国に行くと、日本が見えなくなる。だが、日本もまた世界を見ようとしないのだ。


未曽有の人口減少がもたらす経済、年金、財政、インフラの「Xデー」(Diamond)

・経済の縮小が経済の「衰退」にまで発展してしまう理由は、日本企業のビジネスモデルの後進性にあります。他の先進国と異なり、量産効果による価格の安さこそが、日本製品の競争力の根源です。しかしマイナス成長となり、生産規模が縮小すれば、量産効果が逆に働き、価格は上昇せざるを得ません。競争力の大幅な低下から、国際収支が赤字に転落し、需要抑制政策や円安・原料不足による生産の低迷で、経済は衰退の一途を辿るといったリスクが考えられます。そうなると、先ほどの将来予測も大きく下振れすることになります。
 すなわち、リスクをもたらしているのは労働者の減少や経済の縮小それ自体ではなく、日本のビジネスモデルの後進性です。他の先進国なら、もし日本のような労働者の減少に見舞われて経済が縮小しても、衰退にまでは至らないでしょう。人口減少下の経済のあり方を考えるとき忘れてはならない視点です。
・経済が縮小するのだから、インフラの維持・更新に回せるお金も減少することになりますが、それだけでなく急速な高齢化で貯蓄率も大幅に低下します。自宅の建設の場合と同様に、インフラの整備や維持更新には年間収入であるGDPから消費を差し引いた残り、つまり貯蓄が必要なのだから、貯蓄率が低下すれば、インフラの維持更新に回せるお金は経済の縮小以上に小さくなります。


「100年に1度、人間も社会も劣化する」(東洋経済)

・戦争という破壊を伴っていないために、余剰生産能力を抱えた状況で21世紀に入ってきたわけです。それを解決するために、アメリカはグローバリゼーションと称し、国境を越えて労働力の安いところに製造能力を移転し、アメリカの資本主義ルールを浸透させつつ、相対的優位を確保しようとした。結果として世界各地が産業化したが、供給過剰のデフレ傾向は却って強まってしまった。また、製造業の移転を補うほど、インターネットなどの技術による雇用や市場は大きくもなかった。


「日本の企業だからこそ」の構造的競争優位性を求めて(日経BIZ)

(1)短期的利益に振り回されない長期的な視点からの経営戦略が可能になる。

(2)「暗黙知」に代表されるような組織スキルや強い企業ロイヤリティーという組織的資産が社内に蓄積される。

(3)身分や待遇のセキュアベースが保証されているからこそ、従業員はスタンドプレーや組織的策略に走ることなく実質的業務に専心できる。

・90年代に入ると、東西冷戦の終結と世界的に広がった規制緩和の波によってグローバル市場が出現し、世界市場への迅速な展開と資本集約的戦略手法が勝敗を決するようになる。こうした中では、カネよりもヒトを重視し、長期的コミットメント関係の中で価値観と行動様式と固有の暗黙知を共有した者による組織でなければ発揮できない日本的経営の強みは機能しない。
・それまでの主力産業は、重厚長大という言葉に象徴されるように、大がかりな設備と多くの従業員を動員することによって製品を作り出す製造業であった。製造業においては、製造プロセスのみならず新製品の改良・開発機能まで含めて日本的経営の強みがいかんなく発揮されていたのに対し、IT産業のソフト開発や高度なファイナンシャルテクノロジーを駆使した金融業では、集団の力よりも個人のインテリジェンスやクリエイティビティーが鍵となる。
・日本の企業が「日本人が生きて働くところ」であったのに対し、米国企業は「カネを増殖させるための機関/システム」であった。日本的経営において「企業は従業員のもの」であったが、米国では「企業は株主のもの」という理解がその象徴である。


理念なきモノづくりは凶器と化す 人類の幸福に貢献する「日の丸製造業の使命」(Diamond)

・それは日本の製造業の関係者全てが、自分たちが戦う市場で勝つことばかりに腐心するのではなく、日本という国を発展させ、さらに世界をリードする原動力となるためにはどうしたらいいのかという意識を、持たなくてはならないということだ。
・製造業にとって、伝統工芸は出自が同じだけではなく、ブランディングの一環として見ればパートナーでもあるのだ。「技能」と寄り添うようにして成長を続けてきた製造業。その「技能」や「技術」を伝承し続けてきたからこそ、事業運営を続けられている。社会には受け継ぎ続けるべき「技能」や「技術」が多数存在する。

正常性バイアス2014

「CVT」の終わりは日本車の始まり 2014年クルマ業界振り返り(ThePage)

・技術の進歩を考えた時、全員が同じ方向に向かうのは危険だ。仮にいくら一番堅実に見える選択肢でもそれに集中してしまうのはリスクが高い。競馬で「本命に全財産」を掛けるのと同じなのだ。流して買うことは必要なリスクヘッジだろう。


円安でも喜べない、日本のモノづくりの実情(日経BIZ)

・日本の映像・音響製品がグローバル市場で競争優位を失っていることはすでにコンセンサスになっているであろうが、それとともに輸出数量も縮小していった。円安の恩恵を受けるというような環境ではないだろう。
・通信機器の貿易収支は1990年度以降も2006年度までは黒字を達成していた。そのバランスを、スマートフォンというアプリケーション、とりわけiPhoneという単一のプロダクトが一気に崩していったことになる。「ほかの産業でも同様のことが起き得る」と考えるだけでも恐ろしい。
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アップル・グーグル「クルマ支配」へ本格始動 自動車産業は敗北の道を歩むのか!?(Diamond)

・エンドユーザーの利便性が上がると同時に、自動車メーカーは自社ブランドとして構築した車内空間を壊される。そして、アプリを介した各種サービス等の「コト売り」の収益を、アップルやグーグル、さらにはアマゾン等のクラウド業者に吸い上げられてしまう。自動車メーカーにとって、車載器とスマートフォンとの連携はMUSTだが、その代償は極めて大きい。
・自動車産業にとって、アップルとグーグルはけっして「パートナー」ではない。彼らは自動車産業の収益を奪い取ろうとしている「敵」である。シリコンバレーは、自動車産業にとって「敵地」である。彼らにとって自動車産業は、「都合の良いお客さん」である。


事前の仕込みこそが、勝利の秘訣(日経BIZ)

・勝利をまず得てから戦争をする、という言葉が分かりにくいために、妙な言葉に見えてしまう。しかしその意味は、勝てる態勢や状況をまず作ってから、実際の戦闘を始めるべし、ということである。敗軍は勝利への態勢作りが不十分なまま戦闘を開始して、その戦いの中で勝機をつかもうとする。だがそのチャンスが訪れることは稀で、結局は敗れてしまう、というのである。
・戦略の本質は、「実際の戦いの前に」勝てる態勢と状況を作っておくこと、そしてそうした事前準備をした上でタイミングを見て実際の戦いを始めること、その二点にあるということになる。
・敵が自分たちの想定を超えた戦略をとってきたとき、なんとか反撃しなければならない。しかし、想定を超えているのだから、勝てる準備が整っていないことが多い。それでも、反撃しないよりは少しでも反撃した方がいい、何らかの反撃をせざるを得ない、と考えてしまう。それで、仕込みが不十分なまま行動に出てしまう。じつは、仕込みが不十分な反撃ならしない方がましなのかも知れないのに、である。


軽自動車が人気!?次世代車で沸く自動車業界の現状と展望に迫る!(経営者online)

・リーマンショック後の主要業種別の輸出数量を見ると、主力輸出産業の自動車輸出数量は大幅に低下しています。円高が修正された現在でも回復していない背景は、海外需要に海外生産で対応していますので、円安になっても日本からの輸出は増えることはありません。
・これは、他の家電産業や通信機器産業などすべての産業に言えることですが、海外生産への移行や国際競争力低下などは、円安では解消できませんので、輸出を増やすには、輸出企業を取り巻く経営環境の改善し、産業競争力を高めることです。


トヨタ化するグーグルと、グーグル化するトヨタ 好調自動車業界にも忍び寄る「電機業界のトラウマ」(Diamond)

・ クルマは“愛”という言葉をつけられる製品です。他の工業製品では、そうならないことが多いです。

 その違いは運転することが「クルマと対話すること」に近いからだと思います。だからこそ、クルマは単なる所有物でなく、オーナーと愛車という関係になり、そこに様々な物語が生まれてきます。クルマがいつまで経っても、そういう存在であるようにしていかないといけないとモリゾウは思っています。


マックだけじゃない、外食業が嵌った「低価格競争のワナ」(J-cast)

・「商品の低価格化は、生産能力をアップさせることで安く提供できる商品をつくるというのがセオリーです。それが昨今の『安いもの勝ち』のような風潮のなかで、商品を安くするために、安くつくれる材料や場所、人を探してきてつくっている手法がそもそもの間違いを生んでいます」と話し、低価格による商品提供が「限界にきている」とみている。
・コストを必要以上に落とすことのリスク、それが食べものであれば、品質が落ちれば危険度(人体へのよくない影響)が増すことのリスクを、消費者もそろそろ認識すべきです。これまではブランド力を信用してきたのでしょうが、今後はそればかりではいけないということでもあります
・企業が本気で品質を向上させようとするのであれば、まず中国での生産をやめてみる。それは販売価格の上昇を意味するが、適正な価格でモノをつくるというのはそういうことだ。


なぜITは産業成長の軸になれない?中国の田舎で日本の熟練工と同じことができる時代(BussinessJournal)

・政治家や官僚が持つ最も単純なイメージでは、デジタル情報家電の工場を地方に誘致して、輸出を行い、雇用を生み出し、地方振興と経済成長を実現するというものだ。だが、今どきこのような図は、ファンタジーにしか見えない非現実的な夢である。
・デジタル技術という言葉は、「先進性」のイメージを喚起するが、デジタル技術の本質は先進性ではなくてコピー容易性だと思われる。だからこそ2000年代、日本企業は一時デジタル情報家電ブームに沸いたけれども、あっという間に中国工場を大規模に活用する台湾系EMS(製造受託企業)と韓国サムスンに追い抜かれた。デジタル技術は、本質的に日本の成長戦略の軸にはなれないと考えられる。
・コピー容易性を本質とするデジタル技術は、新興国の工場に容易に技術移転できる。00年代の中国のように、所得が少なく字が読める労働者が大量にいる地域なら、短期間のうちに安くて高品質のIT製品を大量製造することができる。そのような工場に、日本の企業はまったく歯が立たなくなってしまった。
・技術の移転が容易でグローバリズムが進めば、熟練労働者の必要性が減ってしまう。高度経済成長期の日本企業は、すりあわせ技術を含めたアナログ技術、すなわち「暗黙知」の技術をOJT(職場での実務を通じた教育)で教え込み、その教え込んだ「暗黙知」が漏出しないように年功序列型賃金と終身雇用制で熟練労働者を囲い込んだ。デジタル技術が支配するグローバルの世界では、日本企業がそうした給料が高く終身雇用を約束してしまったシニアの労働者と「同じこと」を中国の田舎の人ができてしまう。これでは、コスト競争に勝てない。
・つまり、伝達が容易な「形式知」であるデジタル技術は、本質的にグローバリズムによる価格競争を激化させ、非正規雇用の労働者を増やし、所得格差を拡大させる。こうした負の面を本質的にもつデジタル技術、その技術を基礎にしたIT産業を、成長戦略の軸だと謳うことは難しい。


なぜスマホにかえないのか? ガラケー利用者に聞く(マイナビニュース)

・そもそもスマートフォンがなかった時代は自分も地図を印刷して持ち歩いていたし、電車の乗り換えにしてもあらかじめ調べてメモしていた。スマホを持つようになって、自分が怠惰になっただけのような気がしてきたぞ。
・山では情報に頼りすぎるのはよくありません。自分の体で感覚を覚えるのが大切なんです。
・ただ私は古本屋での偶然の出会いが好きなんですよ。電子書籍の場合はすでに存在を知っている本を探して買うわけですよね。それだと自分の知の範囲で深堀りはできるのですが、たまたま目に止まった本を手にとってパラパラとめくり、面白そうだから買うみたいな楽しみ方がしにくいのかなと。
・私はつねにネットで人とつながっていたいわけではないんです。SNSは自分と価値観の違う人とつながることに価値があると思うのですが、私は自分の価値観に引っかかってこない人とはつながる必要性を感じないのです。


なぜ、商品が高く売れなくなったのか?(日経BIZ)

・「価格を下げる=売れる」という公式ほど、確実性の高い販促手法はないと言ってもいいだろう。しかも、「安売り」には、特別な能力を一切必要としないという利点もある。
・さらに、売り手側が「高く売る」ことを避ける理由として、「頭を使う」というつらさがある。
・つまり、安易な快楽を覚えてしまった人間は、麻薬患者と同じような中毒症状を引き起こしてしまい、過度にその快楽を求める体質になってしまう。
・安く売る商品が増えれば増えるほど、プライドの持てない商品が増えていき、やがて、会社に対しても誇りが持てなくなり、従業員の質の低下に繋がっていってしまう。
・質の悪い従業員は、考えて商品を売ることをしないし、向上心もない。命じられた仕事だけをこなし、与えられた仕事しかやらない。
・安く商品を買い求めるお客さんは、価格以上のサービスを求めたがるので、質の悪いお客さんしか集まらなくなる


○平成25年度エネルギー白書(経産省
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技術者が引きこもりやすい三つのタコツボ(日経Biz)

・かつて日本の経済成長を牽引した化学分野は、1970年代になると、公害問題を引き起こして学生の人気も低下した。代わって人気が上昇したのが電気電子や情報といった分野であった。ところが、今や、化学分野が再び脚光を浴びている。むしろ、電気電子や情報系の人気が低迷している。
・タコツボから出るということは、決して専門分野を捨てるという引き算の発想ではない。むしろ新たな分野を加えていくという足し算の発想なのである。


「技術の神話」で思考停止する日本企業(日経BIZ)

・高機能化の神話は、技術の方向性の神話の例である。技術的なスペックが高度化していくことがいいことだ、技術的に高機能化を目指すことがいいことだ、という技術進化の方向性についての神話である。実は、スイスの時計産業が選択したように、素晴らしいデザインを実現できる技術、コストダウンを実現できる技術、という選択肢がある場合でも、多くの日本企業が高機能化という方向を選択してしまう。技術には、こうした神話が少なからずありそうだ。技術者たちだけが持っているのではない、ふつうの企業人にも技術信仰のようなかたちで案外広まっている、神話である。たとえば、技術の価値についての神話がある。技術が高度ならば価値がある、技術が新しいことに価値があると、なかば無意識に考えてしまうのである。


ニッポンの製造業から消えた400万人労働者の行方(日経BP)

・90年代以降、製造業は400万人以上の雇用を削減し続けており、数字の上では、この400万人は、ほぼ全員が非製造業に吸収されたという姿となっている。
・つまり、労働力の部門間移動の一部は、「1990年代以前であれば製造業に入職していたであろう労働者が、非製造業、特にサービス業に吸収される」というプロセス経て進行した。
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100万円やるから、世界を旅してこいや!(President)

・とにかく子供にこそ、「本物」を見せたり、体験させたりしてほしいってことだ。テレビやインターネットでわかった気になってちゃダメだ。子供には五感で本物を味わわせて、感性を磨いてやるべきだよ。磨けば磨くほど、勘が鋭くなって利口になる。
・利口ってのは勉強の成績の良しあしとは関係ないよ。生きていくうえでの知恵のようなものだ。俺は、大企業のお偉いさんやNASAの頭のいい人たちとも一緒に仕事をしてきたけどさ、本当に仕事ができる奴っていうのは感性が違うんだよな。
・安いもので腹を満たしてばかりいると、どうも人間的な魅力が失われてしまうように思うんだ。身も心も、100円ショップのようになっちまってさ。世の中には、いい風体の人と悪い風体の人がいて、本物を知っている人ほど風体がいい。見る目があるし、品もある。
・ふだん節約することの大切さや小遣いの使い方を教えるのと同様に、ときには、一流のサービスを受けてパーッとお金を使う経験をするといいと思うよ。


「100年の衰退」の教訓:アルゼンチンの寓話(JBPress)

真の危険は、気づかぬうちに21世紀のアルゼンチンになってしまうことだ。無頓着に着実な衰退の道へと陥ってしまうのは、難しいことではない。過激主義は、そのために絶対不可欠な要素ではない。少なくとも大きな要素ではない。カギを握るのは、制度的な弱さ、国内の保護を優先する政治家、少ない資産への漫然とした依存、そして現実と向き合うのを頑なに拒む姿勢だ。


倉山満「エセ保守、ビジネス保守をあぶり出せ」(SPA!)

・大正デモクラシーの旗手と呼ばれた吉野作造という人がいます。彼は、日本という国を愛するがゆえに、日本政府を命がけで批判してきました。(中略)吉野は、官僚が国家への忠誠を政府への忠誠へとすり替えることを徹底的に糾弾しています。
・たとえば、ネット右翼と呼ばれる人たちは自らの頭で考えず、何でも素直に受け入れてしまいます。(中略)要するに、思考が停止しているのです」


ビートたけし 視野の狭いオタクが飯のタネにされる構図解説(Postseven)

・アイドルだとかスマホだとかラーメンみたいな狭いところに自分のテリトリーを限定して、その中だけで生きていこうとしているんだよな。
・だから給料が少々下がろうが、税金が増えようが、そういうことは見ようとしないし、深く考えない。楽に稼いで、その範囲の中で自分の好きな分野だけを見て生きていこうってヤツが多いんじゃないか。なんで無理して富裕層にならなきゃいけないのか。自分の世界があればお金なんてどうでもいいと思ってるヤツばかりなんだよ。


正常性バイアス2013

電子立国、2012年の衝撃(日経BP)

・日本の電子産業貿易が辛うじて黒字を維持しているのは、電子部品の輸出が伸びてきたおかげである。
・落ち込みが激しいのは製造業の方である。日本の電子情報通信分野では、ハードウエアに関するかぎり、生産も輸出も内需も衰退が続いている。これが2013年の現状である。
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ITが人間に牙をむく(東洋経済)

・コピペで安易に装飾された内容の薄い資料がたくさん濫造されて、それがさらにコピーを生む状態です。結局、自分の考えがなくなってしまう。
・食品とか自動車などの工業製品は、厳格な法規制があるのに、ITにはそれが不足しすぎている。パチンコよりも賭博性が高いことが野放図にされたり。明らかに依存症という疾病が巻き起こされることが分かっているのに利用制限もなかったり。これは無法地帯。
今までのテクノロジーと一番違うのは、かなり急速にあっという間に広がり、まだ広がり続けていることです。



貿易赤字の常態化は日本経済への「黄信号」(日経BP)

・日本の貿易構造が変化し、恒常的な赤字をもたらしていると考えるべきでしょう。
・われわれの気がつかないうちに進行している大きな問題がもう一つあります。家計貯蓄率の悪化が日本経済の土台を揺るがしつつあるのです。
・統計を冷静に見ていくと、知らないうちに日本の足場が浸食されているという事実に唖然とせざるをえません。


バブル、バブル、バブル(東洋経済)

・このマニアックな面白さや、一部の金融リターンが、一般的なプレーヤーや大衆の目を引くと、一気に広がりを見せる。そして、その広がりは、マニアックでないほど、専門知識がないほど、実体についての理解が乏しいほど、早く、幅広く拡大する。だから、実態に乏しいものほど、バブルになりやすく、バブルは大きく膨張するのだ。
・熱狂を覚ます有識者は、無粋で人々を不幸にするものとして、社会から排除され、メディアからも姿を消していく。


なぜ日本の家電企業はTVに固執するのか 4K、8K…需要あるの?(SankeiBiz)

・全世界を見渡せば、まだまだ需要旺盛なビジネスかもしれないが、浮き沈みの激しいIT・デジタル家電分野で、いまなおテレビを主力に位置付けている企業が勝ち抜けるはずがない。テレビは最先端の塊でも、数年もたてば売れば売るほど赤字を垂れ流す“枯れた商品”だからだ。
・極論かもしれないが、今の日本企業の独創性のなさは高給をちらつかせて技術者を引き抜き、売り上げを拡大してきたサムスン電子など韓国勢と大差ないのかもしれない。
・しかし、日本的な手法は今後通用しづらくなるだろう。デジタル技術の進展で家電製品は汎用化され、驚異的なスピードで低価格化が進むため、“マネシタ商法”では利益を上げることができないからだ。


日本企業が世界で復活する“たった一つ”の方法(Businessjournal)

・自分が本来得意な土俵がどこにあるのかに立ち戻ることが、戦略の原点なのだ。
・2013年現在、日本企業が直面する苦境とは、
 ・グローバルな競争相手の圧倒的な規模に勝てない
 ・ITを武器とするイノベーションによって自分の製品が陳腐化していく
 ・中国をはじめとする新興国に製造コストで勝てない
 ・それらの要素を組み合わせた国内の新興の競争相手に価格競争を仕掛けられる
 ・対抗するための資金調達が十分にできない


"ゆでガエル"と化した日本企業(日経BIZ)

・ではなぜ、日本企業はこのような苦境に陥ってしまったのか。それは、この十数年間「グローバル化」と「デジタル化」によって、ものづくりをめぐる環境が大きく変化したにもかかわらず、日本企業がその現実を直視せず、きちんと対処してこなかったからにほかならない。
・部品やモジュールを独自設計し、現場で調整を重ねながら独自に高品質の製品をつくり上げていく「アナログものづくり」の時代は、経験豊かな技術者を抱える日本企業の独壇場だった。しかし、デジタルものづくりの時代になると、「製品のモジュール化(個々の部品ではなく、標準化された部品群の組み合わせで開発や製造を考える発想)」が進み、業界の先駆者ならずとも、どの国のどのメーカーでも、従来に比べれば容易にハイテク製品をつくることができるようになった。
・デジタル化が進んだ世界にあっても、「自分たちがつくった技術は絶対にマネができない」「品質の高いものをつくれば必ず売れる」と思い込んでいる技術者。決断を先送りし続けた挙げ句、立ち行かなくなると技術者を切り捨て、みすみす技術の流出を招いている経営者。使いもしない機能であってもすべて欲しがり、完全無欠の品質を要求する消費者――。こうした経営者、技術者、消費者それぞれの傲慢が、日本のものづくりからスピードや柔軟性を奪い、国内で流通する製品は軒並み、過剰機能、過剰品質、高コスト構造という特異な形で進化してきた。


「機械との競争」に人は完敗している(nikkeiBP)

・イノベーションが進み生産性が向上したのに、なぜ賃金は低く、雇用は少なくなったのか。「デジタル技術の加速」のためです。
・200年前は、古い仕事が姿を消すのと同じような速さで新しい仕事が生まれました。それはここ最近、すなわち1990年代の終わりくらいまで続いてきた。
・たいていの経済学者は「生産性が上がるとすべて(の問題)を解決する」と考えてきました。だからやるべきことは生産性の向上だと思っていた。それは正しかったのです。ただし、97年までは
・過去10~15年の間に、デジタル技術の能力拡大を我々は目にしてきたはずです。そして人々はそれに追いついていけなくなっている。
・ひとたび何かが発明されると、ほとんどコストなしでコピーができる。そしてそのコピーを即座に世界のどこへでも送り、何百万人という人が同じものを手にすることができる。高いお金をかけて工場を建設しなければならない製造業などとは全然違う。過去200年とは全く異なる影響を雇用にもたらす。


レアメタル、レアアース問題にはウソが多すぎる(東洋経済)

・今のままなら結局、日本はさらに空洞化現象が進み、独立国家としての産業構造が維持できなくなる。わかってはいるがこの危機感を日本の産業界はあえて無視しているのだから、過失犯と言われても仕方がないのではなかろうか?
・レアアースマグネットを増産すれば全てのエネルギー積は減少しても、資源国の環境負荷は増大するのである。レアアース産業は環境経済がグローバルに拡大化すればするほど発展するが、皮肉なことにその資源開発が進めば進むほど、環境問題が発生するというパラドックスに悩まされる。
・一部の評論家や官僚の一部が恣意的に「日本の技術立国伝説」を喧伝しているだけである。
・しかし日本の国益を考えると、空洞化スピードが遅くなるように制限するような工夫も必要である。技術流出はいったん堤防が崩れると、なし崩し的に移転が始まり収拾がつかない状況になる可能性もあるからだ。


電気・電子産業の国際競争力を指標で見る(日経BP)

・従来、日本は加工貿易に力を注いできた。原材料を輸入し、製造・組み立てという付加価値を付けて海外に輸出する、というモデルである。図1で説明したが、1988年時点における「貿易特化係数」は、電算機類(含周辺機器)0.68>原材料製品0.11であり、完成品の値の方が大きかった。しかし、2011年になると、電算機類(含周辺機器)-0.62<原材料製品0.18となって、原材料の方が大きくなる。つまり、現在の「貿易特化係数」の数値は、従来の加工貿易モデルがもはや成立していないことを明示している。ちなみにこれらの数値が逆転した時期は、1999年から2005年ごろである。
貿易特価係数
自動車部品業を絡めた巧みなコラボレーションと高度な生産技術を背景に、依然として強い国際競争力を維持しているようだ。

のど元過ぎて熱さ忘れる

国内電機各社の変調が明るみになってようやく,この国の行く末に対する懸念を認識する論調が出てくるようになったが,それも最近の円安でのど元過ぎればの危機にある.

NYタイムズ支局長「日本は3.11より大きな危機の必要あり」

・3.11の東日本大震災、福島原発事故でさえ日本にとって真の危機にはならなかったわけです。日本のシステムを変革するには、ある意味で3.11より大きな危機に直面する必要があるのかもしれません。


この国の国民は本当に忘れっぽいことを,外国人はよく分かっているようです.このことはこの国の貿易収支についても同じことが言えます.デジタル化により電機各社はすでに国内工場を海外に出してしまっており,政府が積極的に誘導している円安のメリットを享受できる輸出産業は自動車関連ぐらいになりつつある.川上の材料メーカとて川下が海外にシフトした周辺を中心に海外へ出てしまっている.円安によりガソリンの高騰が騒がれているが,最も懸念すべきは国内資金余力の低下と海外ハゲタカファンド比率の増加による国債の暴落になるわけです.山歩きでは道をはずしたとき,気がついたら引き返すが鉄則である.少なくとも,製造業では電機各社はその引き返せるポイントを行き過ぎてしまった訳である.国債も同じ道をたどっていないことを願うほかない.


「ガラケー再興」待望論は根強くあるものの…

・フィーチャーフォン(いわゆるガラケー)が実現していた、通信事業者を中心とする垂直統合のパラダイムこそ、通信事業者、端末メーカー、そして消費者のすべてにとって、幸せな構図だったのではないか、というものだ。
・フィーチャーフォンの「守られていた居心地のよさ」という魅力が、それを失ったことで再評価されている。
・スマートフォンの普及は、すでにフィーチャーフォンに後戻りできないところまで、大きく進んだ。


これは群馬県の小さな村に“互いを評価し合う幸福”を学べを思い起こす.しかし忘れっぽいこの国の国民はアナログ時代の貯金を食いつぶすまで自分たちの置かれている立ち位置を認めることができないまま,引き返せないところまで墜ちていくのだろう.

後悔先にたたず,後悔役にたたず,後悔後をたたず

見たくないものは見えない 見たいものが見える

巨額赤字「貿易立国」はどこへ?(NHK)

昨年初の予測が,今年早速貿易赤字の恒久化という形で現れることになりました.デジタル革命以後日本の収入が減っていく様など客観的事実に対して福島の事故調が指摘した,人は見たくないものは見えないのとおりのことを国民一人一人が続けた結果ですね.
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貿易赤字が恒久化すれば生活レベルを落とさざるを得なくなるわけです.今が良ければいいという快楽主義的な消費行動は,アリとキリギリスと重なります.今が良ければいい,というのは消費行動だけでなく経営戦略自体も右肩下がりになってから続いてきたことを述べた.右肩下がりの経済から脱出する方策として考えられた,金融至上主義とグローバル化がもたらした結果についてはようやく最近になって客観的に述べられるようになってきたが,デジタル化とグローバル化の相関などはここでもすでに述べているくらいのことであるから,経済の専門家はそれらの負の側面を予め洞察して,それらが起こらないように提言するべき仕事を,都合のいい面だけしか見られないのもまさに事故調の報告通りである.本当に経済を体で感じているのだろうか.彼らはまず自分の家の家計簿を付けることから始めた方がいいだろう.

では具体的に我々はどのような舵を切ったらいいのであろうか?最初のNHKの論説の結論にかぎらず,"新たなビジネスモデルの確立"という言葉がでてくるが,20年間産業界はそれを求め,一つとった選択肢がデジタル化だった.しかし,デジタル製品がここまで普及するようになって,オープンアーキテクチャ化やモジュール化が浸透してしまい,アナログ時代のようなニーズを思索し,設計し,工程管理するために必要だった優秀な技術者をたくさん集めて初めて作れた生産技術を先進国が放棄せざる得なくなり,この貿易赤字を生み出すことになってしまうことが明らかになった.先進国が先進国たらしめてきた工業技術を基盤に,今の地位を維持しし続けることの難しさについて失って分かるで述べたが,失うのはたやすく,引き返すポイントを失った現在,我々の祖先が営々と築き上げた現在の生活レベルは,彼らが味わったような困難の時代に引き戻されるのではないかと,満蒙開拓まで続くハワイ移民が始まった1/27に思うのであった.

後悔先にたたず,後悔役にたたず,後悔後をたたず

正常性バイアス2012

日本の家電が負け組になった本当のワケ(日経BIZ)
・アナログ全盛の時代は技術そのものが高い参入障壁となっていました。以前は世界の半分である自由主義経済圏の先進諸国が大きな市場であり、比較的高機能で高品質の製品がその市場から求められてきました。日本企業はその延長上で発展してきました。
・市場が先進諸国から新興国にシフトしていたのです。同時に技術的にもデジタル化によるB2C製品の製造への参入障壁がどんどん低くなります。

日本企業の進化論-デジタル化とグローバル化の脅威
・「デジタル製品化」の進行によって、高度なアナログ技術、メカトロニクスの擦り合せ技術や製造技術がなくても、インテルやメディアテック、クアルコムなどのキラーコンポーネントを活用することで、高度な製品を作れるようになりました。その結果、日本製造業が築いた優位性が失われました。
・重工や重機、自動車やコピー機(共にまだ今のところ)などの日本の高い競争力が残っている領域は、まだデジタル化が大きく進行していない領域といえます。

NYタイムズ支局長「日本は3.11より大きな危機の必要あり」
・3.11の東日本大震災、福島原発事故でさえ日本にとって真の危機にはならなかったわけです。日本のシステムを変革するには、ある意味で3.11より大きな危機に直面する必要があるのかもしれません。

<富士フイルム>本業崩壊、生き残りをかけた変革の12年(プレジデントオンライン)
・モノづくりが急激にデジタル化していく中、最後の橋頭堡として残るアナログ部分、そこにこそ生産技術の強みが活かせる
・そういうアナログの強さというのは絶対に残るんです。デジタル化できない部分とは何か、そこが日本のモノづくりにとって最も大切なところだと思いますね
・そうした職人技の極致ともいえるレンズの製造だけに、まだまだ日本のモノづくりの強みが残っている。
・「レンズにはたくさんの工程があり、それぞれが全然違った技術で、それらを網羅できる人はほとんどいません。レンズの場合、それだけハードルが高く、新たに参入するといっても難しいと思います」
・レンズ工場を見学し、樋口の説明を聞きながら、レンズの世界は、デジタル化の波にしぶとく生き残るスイスの高級時計に似ていると思った。日本が生き残る道がここにあるのかもしれない、と。
・自社の持つ高品質な「フィルム」技術の強みを“横展開”と“深掘り”することで、安易にデジタル化され、コモディティ化されることを防いできた。

ビートたけし 金を見せびらかす等金持ちも下品になったと指摘(SAPIO2012年11月号)
・やっぱりある意味では、アメリカの民主主義やら資本主義がこの国をおかしくしちまったんじゃないかと思うこともあるね。歴史のない国のモノマネをして、かえって国が悪くなったんだよ。
・それが資本主義万々歳の世の中になって、成金とバカにされた話が「サクセスストーリー」ともてはやされ、下品なヤツが大手を振って歩くようになる。世の中全体が下品になるのは当たり前だよね。

たけし氏 最新携帯に徹夜、ラーメンで1時間行列みっともない(SAPIO2012年11月号)
・昔はあった「品格」みたいなもんが、この国でもどんどんなくなってるからね。
・周りから「あの家、安い店に乗り換えやがった」なんていわれるのが嫌で、少々高くても近所のなじみの店で買ったわけだよ。
・やせ我慢してでも「精神までは落ちぶれない」って踏みとどまろうとしていたんだね。

「B層」グルメに群がる人(産経)
「これが私の作品です」と一端の料理人のような顔をしている素人が増えている。これはグルメだけの話ではない。社会全体にB層的価値観が蔓延し、それを資本が増幅させている。その結果、一流と三流、玄人と素人、あらゆる境界が失われてしまった。こうした社会では素人が暴走する。

テクノロジは雇用を破壊しているのか?(TechCrunch)
・この10年で合衆国に起きているのは、経済成長に、本来なら伴うはずの雇用の成長が伴わないことだ。これまでは、生産性の向上と雇用の増加は二人三脚だったが、今やそうではない。

グローバル化でなぜ格差は拡大するのか(JBPress)
・それがかつて起こらなかったのは、新興国の労働生産性が低かったからだ。新興国の賃金が低くてもトラブルや不良品などが多いと、労働生産性で割ったコスト(単位労働コスト)は高くなる。
・グローバリゼーションはすべての国を豊かにするが、すべての人を豊かにするわけではない。

最近流布の「三丁目の夕日症候群」批判に反論(ポストセブン)
今の人は、携帯電話やゲームといった生活を便利、快適にするものにしかお金をかけません。心を耕すことに興味を持たない“非文化大国”になってしまった。これは20世紀後半からの先進国全体の傾向といえます。その中でも日本は突出しているように感じます。

震災後のモノづくり復興、6つの条件(日経ビジネス)
・省資源(材料、部品の構造をより簡素に小さく)、省エネ(電力、石油の消費をより少なく無駄なく)の「最適な生産プロセス」を徹底的に追求することが重要です。モノのありがたみを知った今こそ、我々はモノづくりの本来の姿を見つめ直す、機会を迎えているのです。
・出来上がった製品を使う方もそうです。いまは昔のように、自分のカメラを「愛機」とは呼ばず、自動車も「愛車」ではなくなりました。これは人の琴線に触れるモノづくり、すなわち「心」を意識したモノづくりが、合理性(効率やコスト重視)という名の下に、排除されてきた結果です。世の中に無味乾燥な製品ばかりが出回り、モノと人とのつながりが薄くなってしまったのです。
・合理性、デジタル化に偏ってしまった今だからこそ、一見すると非合理的な「心」やアナログの部分を大切にすることが、日本のモノづくりを復興させるための決定打になるはずです。

世界通貨戦争、無条件降伏する日本(JBPress)
・それが日本になくなってしまうということは、とりもなおさず日本に世界最高の生産技術力が今後蓄積されていかなくなる危険性を示唆している。
・次世代の日本を支える産業をしっかり育成しないまま、日本の最後の牙城である生産技術を失えば、果たして私たちの子供の世代は何を糧に世界で勝負し外貨を稼げばいいのだろう。
・国土でも産業でも、国を守る意識の欠如がはなはだしい
・スイスは国を支える産業が超高級時計に代表される超高級消費財・生産財や金融業で、通貨高があまり影響がないかむしろ好ましい。一方、オーストラリアなどの資源国も一時資源が逼迫している状況では通貨高は苦にならないどころか好ましい面もある。

北野武が語る――「電車の中の化粧なんて、酔っぱらいの立ち小便と同じ」(産経新聞)
・今の人たちは情報を探しまくるんです。自分で追いかけるから、たどりついた情報は、たいしたことなくても、すごい情報だと思ってしまう
・それにみんな家畜のように、檻(おり)から檻へと動かされている。その構図が格差を生んでいるのに気づいていない
・今の日本って、品がいいとか悪いとか言わなくなったね。
・3回食べるのを我慢して1回にしなさい。その代わり千円のやつをゆっくり食う。服も同じ。昔の教育はそれを教えてたはずなんだけど

メイド・イン・ジャパン最終章?(Diamond)
消費者としては、「(ある程度の品質を確保しているなら)安かろう良かろう」。だが、製造業としての日本自動車/二輪車産業界としては、「シャッター工場街」への道を突き進むことになる。日本はいま、こうしたネガティブスパイラルの初期段階にいる。

メイド・イン・ジャパンの命運(NHKスペシャル)
・いま日本の製造業が直面している世界の地殻変動、それは、猛スピードで技術が陳腐化し、製品の差別化が難しく、しかも製品の寿命が超短命に陥っていることだ。
・少しでも安いモノをと考える消費者にとって、ライバルがある程度の技術力を持てば、日本製品の優位性は一気に崩れるのだ。

iPadであなたはもっと馬鹿になる(Newsweek)
・デジタル機器やウェブに振り回されて、人類は考えることをやめてしまった
・それなのに、自分がどんどんばかになっている気がしてならない。実際、平均すれば、われわれは上の世代より無知なのではないか。
・では、私たちがしていないことは? それは「考える」こと。情報を処理してはいるが、考えてはいない。2つは別物だ。

技術流出を憂うか、雇用確保を喜ぶか(日経TechON)
今、日本に開発・生産拠点を置いた製造業が継続的に発展し、雇用を生み出し続けることが非常に難しくなっている。その意味では、外国資本であっても日本に拠点を置くことは歓迎すべきことなのだが、外国メーカーによる日本メーカーの買収が増えることが、日本という国にとって最終的に喜ばしいこととなるかどうかは、かなり微妙な気がしている。

『ジパング』のかわぐちかいじが問う「戦後」(日経BP)
・戦後の日本人は、豊かさの代償に「誇り」を失ったのだと思いますね。「武士は食わねど高楊枝」という言葉があるじゃないですか。食わなくても、誇りを持って理念を曲げないという。

金融立国なんてあり得ません(日経TechON)
・ある程度の大きさの国になると,ものを造っていかないと国民を養えないし,生活も維持できません。それなのに,根本的に間違った幻想がある。「自国の製造業がなくなっても誰かが造ったものを買えばいい」「金融業が柱になって日本経済を支える」などです。金融だけで食っていけるなんてことを真剣に信じている人がいます。人間が物質的な存在である限り,そんなことはあり得ませんよ。

だんだん大変なことになってきたデジカメ・データの長期保存(日経TechON)
なんでもデジタル化をすれば良いという考え方は,デジタル技術屋の奢りなのではないだろうか。アナログの方が場合によっては長期保存に適している可能性も高い,という事実を謙虚に反省すべきである。

庶民の味方か社会の破壊者か? ユニクロが招くデフレスパイラル"負"の連鎖(サイゾー)
・ユニクロ型のビジネスモデルが引き起こした安値買い現象、およびユニクロ型戦略を模倣する企業がたくさん現れると、非常に不合理な状況を経済全体にもたらすということが言いたいのです。
 本来実現できないはずの価格水準を実現するために、どれぐらい人件費を安く押さえているのか。賃金が下がる、あるいは職そのものがなくなると、彼らはものが買えなくなるから、企業はものの値段を下げざるを得ない。そのためにさらに賃金が下げられる。言ってみれば、労働者が血を出しながら生産を伸ばしている出血景気なんです
・“そして誰もいなくなった”ということになるでしょうね。ものが買えない、生活できない。そうなったら、企業も全滅ですから、極端にいえば、みんな死に絶える。

17年前の予言(日経TechON)
 「新規性」こそが価値というモノや情報は,時間がたつことで陳腐化する。買っても買っても次々に陳腐化し,ゴミになっていく。(中略)情報化時代の次にくる時代を「脱情報化の時代」と呼ぶならば,この時代は「新規性」の反対,「継続性」こそが重要になるのではないか――

技術者の誇り(日経TechON)
愛着には時間で目減りしにくい、いや逆に時間とともにむしろ価値が増すという嬉しい性質があります。

2012年を振り返って

2012年も終わろうとしています.年初の予想通り,日本の先進国としての立場がますます失われていった一年となったにもかかわらず,多くの国民一人一人は過去の貯金でいまだ茹でガエルに陥ったまま将来のためでなく,今さえ良ければいいと言う行動を続けた一年でした.12/26の日経新聞では”1人当たりGDP、2年連続最高に 昨年ドル換算、世界14位維持 ”の記事がありましたが,これは記事でも書かれているよう円高のおかげで,購買力で見てみるとリーマンショック以降順位を下げているのは,イタリア,ギリシャ,スペイン,そして日本と金融危機の国の仲間入りをしている.これが占う将来は誰もが分かるのではないだろうか.

日本の家電が負け組になった本当のワケ(日経BIZ)

・アナログ全盛の時代は技術そのものが高い参入障壁となっていました。以前は世界の半分である自由主義経済圏の先進諸国が大きな市場であり、比較的高機能で高品質の製品がその市場から求められてきました。日本企業はその延長上で発展してきました。
・市場が先進諸国から新興国にシフトしていたのです。同時に技術的にもデジタル化によるB2C製品の製造への参入障壁がどんどん低くなります。
・そのような彼らに追いつき、再び凌駕するには、彼らがまだまだ十分に展開できていない、単なるアイデア商品を超えた新しい製品・サービスの開発、それも文化開発に繋がる領域において強力にかつ迅速に行うことが必要になってくると考えています。そしてまだ日本企業や日本社会にはそれだけの厚みが残っていると思っています。それが残っている今がラストチャンスかもしれません。


”今がラストチャンス”とは究極の工業製品で書いたのとほぼ同じ表現で危機感を共有する人がいることに安心します.

昨年同様,今年も鉄分摂取をしてしまいました.そんな写真を見て今年を振り返ってみます.
○SL編
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○鉄道と人の関わり
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家電メーカに続く産業

<富士フイルム>本業崩壊、生き残りをかけた変革の12年(プレジデントオンライン)

・モノづくりが急激にデジタル化していく中、最後の橋頭堡として残るアナログ部分、そこにこそ生産技術の強みが活かせる
・そういうアナログの強さというのは絶対に残るんです。デジタル化できない部分とは何か、そこが日本のモノづくりにとって最も大切なところだと思いますね
・そうした職人技の極致ともいえるレンズの製造だけに、まだまだ日本のモノづくりの強みが残っている。
・「レンズにはたくさんの工程があり、それぞれが全然違った技術で、それらを網羅できる人はほとんどいません。レンズの場合、それだけハードルが高く、新たに参入するといっても難しいと思います」
・レンズ工場を見学し、樋口の説明を聞きながら、レンズの世界は、デジタル化の波にしぶとく生き残るスイスの高級時計に似ていると思った。日本が生き残る道がここにあるのかもしれない、と。
・自社の持つ高品質な「フィルム」技術の強みを“横展開”と“深掘り”することで、安易にデジタル化され、コモディティ化されることを防いできた。


このように,富士フイルムが自社のコア技術とするゼラチンをベースに横展開を図ったのに対し,Kodakは写真産業の延長にある映像の深掘りを選択した.ところがKodakの破産が報じられたとき,日本のメディアは国内でKodakデジカメシェアが小さいが故にデジタル化に乗り遅れた巨人Kodak(たとえばhttp://www.asahi.com/business/update/0119/TKY201201190329.html),のような報道が多かった.しかしフジの関係者も述べているように,Kodakの凋落はデジタル化による生産技術のコモディティー化に対して無頓着だったことの方が原因と思われる.なぜなら,むしろデジタル化に対してはKodakの方がフジより積極的で,実際91年にはNikonF3に130万画素のデジタルバックをコダックプロフェッショナルデジタルカメラシステムとして公表(写真工業50.1,1992)しているし,それ以前からフィルムスキャナーの展開や92年のフォトCDや2000年代以降は有機ELディスプレー,撮像素子のように撮影以後のデジタル化や映像へのアプローチを先進的に展開してきた.
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ではなぜKodakも日本の家電メーカが陥ったのと同じ道を歩んだのであろうか?家電メーカのように川下メーカはデジタル化で生産技術がコモディティー化したため,先進国の産業としての立場を失ってきたわけであるが,川上のフィルムメーカであるKodakの場合は,本業であるフィルムの延長にある映像をキーワードとするデジカメや有機ELに代表されるその周辺部材,撮影以後へのデジタルアプローチに積極的に取り組みすぎ,(Kodak銘柄の中国などにフィルムの生産を移管した激安フィルムやデジカメが山積みされているのをキタムラなどで目にするように)川上メーカが保守すべきだった分野での生産技術をおろそかにしたのが原因,とする見方はできないだろうか?生産技術を不要とするデジタル製品はCRTから液晶に移ったことで途上国の製品との差が小さくなったことが示すように工業製品としては究極の技術であるが,世の中に多いデジタル化に乗り遅れるな,の発想は今後も先進国が先進国たらしめてきた製造業が第2のKodakを生み続けることになるのではないかと危惧される.すでに述べたように,フィルム産業というのはフィルムを買って現像するということで回り続けるインフラと雇用を生み出すという先進国になるための見本のような産業であったが,これを自ら後進国のレベルに落ちていく消費行動を国民一人一人がして第2のKodakを生む相乗効果を高めている.

後悔先にたたず,後悔役にたたず,後悔後をたたず

夏から秋にかけての風景

今年もお盆の時期は天気が安定しなかったため,縦走と呼べるような山行は行きませんでしたが,日帰りから2泊程度のトレッキングでの風景を切り取ってきました.

○磐梯山周辺
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○赤岳
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○唐松岳
初冠雪の後でした.
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○草津白根山
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○苗場山
全体的に紅葉が遅めだったのですが,山頂付近のナナカマドは例年並みだったようです.
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一眼”レフ”がデジタル化しても国内メーカで占めてこられた理由

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iPhone、ギャラクシー vs 日本カメラ
アップル、サムスンがぶち壊す業界構造
(Diamond)で下記のようなコメントがあります.

・カメラは日本製造業の“最後の砦”と言っていいかもしれません。
・日本のブランドが世界シェア上位を獲得できる分野は、年々減っています。液晶テレビ、半導体、スマートフォン……。本来なら、モノ作り大国ニッポンが、得意とすべき分野で惨敗を続け、アップルやサムスンの存在感は強まるばかりです。
・フィルムカメラではキャノン,ニコンの牙城を崩せないが,デジタル時代になれば競争環境が変わる.アナログ部分こそ製造困難だった.
・技術ではなく価格だけが勝負を決する分野では,物量と広告宣伝を投入する海外勢が強い.家電や液晶パネルはまさしく,その構図で日本は完敗してしまった.家電の二の舞必死,スマホが破壊する日本のカメラ市場.
・"最近の写真がない",デジカメが急速に普及した2000年以降,写真をプリントして楽しむ人が激減したからだ.


デジタル一眼レフがフィルムの部分を置き換えることで自己主張の場がほしい,今を楽しくするためにほしいモノを金で買って飽きれば捨てればいい安ければいいユーザをターゲットにして,他の家電製品がデジタル化でたどった道と全く同じことが起こしてきたことは2006年にすでに予測した通りとなった.またこの中で,引用の写真文化と言う観点でも予測していた.しかしカメラがデジタル化するならデジタルだから出来ることとして連写男で技術的可能性も述べた.例えば多くの一般ユーザが使うフィルム時代の"バカチョン"カメラはレンジファインダーという構造上ピントや露出があっている場所が分からないため,同時プリントに出すと無駄なコマがプリントされて帰ってくると言うことが一つの不満点だった.デジカメ時代の"バカチョン"カメラは見ながら撮影できるようになったためこのようなコマが発生する確率が大幅に減ったり,パトローネの装着スペースが不要になったため大幅に小型化できるようになった.一方デジタル一眼レフについては,フィルム時代と変わった点がほとんどない.それどころかデジタル製品のメリットである高集積化による小型化とは逆のCMOSの大型化を礼賛する風潮すらある.産業文化については,引用でも日本産業の砦として触れている自動車産業も同じであることもモーターショーで予測している.別の見方をすればそれを無視してデジタルデジタル言っているユーザは売国行動を推進しているだけある.一眼レフカメラが他のデジタル家電製品ともっとも異なるのは,引用にも書かれているレフレックスというアナログ機構が残ることのほか,レンズシステムのマウントというデジタル製品ではグローバル化/オープン化されてしかるべき機構が残っていることである.なぜオープン化されずに残ったかと言えば,カメラ(一眼レフ)産業がもともと産業規模として大きすぎず小さすぎずだったことが一種参入障壁となっていたことである.レンズシステムは一本一本は本体より出荷台数が少ないのに,それをシステムとしてそろえないと訴求点が低下するというジレンマ要素を持っている.つまりマウントがオープン化されればカメラ本体だけを揃えればすむところが,ガラパゴス化が産業を守ったいい例である.ミラーレスについてはカメラが真にデジタル化する上で進むべき方向性であることは諸行無常の響き有りでも予測したとおりである.しかしデジタルになって階調表現が乏しくなり,液晶モニタで見る分には十分でも,印刷を最終仕上げにした場合に20年前のフィルム時代の写真集にも劣るのは正常な目の持ち主なら気づいているはずである.

カメラがデジタル化することで,産業的凋落のほか,インフラの凋落も懸念される.デジタル的セルフサービス化による自分の住む町でフィルムの現像が依頼できたというような先進国になることで営々と築き上げたインフラと,フィルムを買って現像するということで回り続ける雇用を手放そうとしている.先進国にならなければ作ることの出来なかった品質や安全といった工業製品やインフラや雇用といった生活レベルを,賃金を含め後進国のレベルに自ら落ちていこうとするコスト重視なデジタル化がもたらしていることにまで発想が至らない一人一人貧困のグローバル化の犠牲者になっていくのだろう.

次世代の雇用と,長期の競争力

エネルギーのうち電力としての利用は,基本的に右肩上がりであった.一方,景気を裏付けるGDPはデジタル革命の95年以降大きな伸びを示していない.一般に考えればGDPと発電量の間に相関があってしかるべきである.ここで電気事業連合会の公表している家庭のエネルギー消費量を見てみるとデジタル革命の95年以降はゼロ成長にも拘わらず家電照明部門だけが伸び続けている.一方,エネルギー白書では国内エネルギーの消費先として民生,運輸,産業と分類されているが,95年以降運輸,産業が横ばいになっているのに民生部門だけが伸び続けている.これらのことはデジタル革命以後産業が途上国へ移ってしまったために運輸,産業分野での伸びがなくなったのに増加し続ける発電量の行く先は,デジタル機器の普及でエネルギー利用効率が悪くなった家庭部門に起因すると言うことを示唆すると考えられる.

低炭素社会に移行することで(化石燃料や原子力の)代替エネルギー産業を育て、次世代の雇用を生み、短期ではなく長期の競争力を高めると言われている。たしかに太陽光パネルはここ数年で急激にコスト競争力を持ったが,それは中国製をはじめとする途上国からの製品が流入したからで,ライフサイクルで見たエネルギーの国産化には寄与しないし,まさに半導体が歩んだ道である安い途上国製品を世界中で普及させれば,国内産業の空洞化へつながることは経験済みのはずである.また発電機でありながら計画発電が出来ないようなものに固定買い取りを行っては国富を流出させるだけである.

かつては先進の工業製品を提供することが先進国の証であったが,デジタル産業の普及による部品のオープンアーキテクチャ化やモジュール化と相まってアナログ時代のようなニーズを思索し,設計し,工程管理するために必要だった優秀な技術者をたくさん集めて初めて作れた工業製品は,デジタル製品ではそれらを省力化できるために先進国でなくてもよくなったのである.電力を安定して消費者に届けることは先進国としての立場を保つためにも守らなくてはならない.人口減少と産業の流出で総発電量は減少してもいいはずであるから,発電量の減少分を核燃料サイクルが確立できない以上原発に求めるのは仕方ないと考える.そのために電気料金の値上げが必要ならばどのユーザを我慢させるか,と言ったときに生産に直接寄与することなく,デジタル製品を多く消費だけして先進国としての立場を弱めることに寄与してきた家庭部門は電気料金の値上げさせる対象であると考える.どうしても今まで同様のエネルギーを消費したいならライフサイクルでの国内自給率(エネルギー効率)を高めるコージェネのような省エネ機器の導入を普及支援を行うべきである.

失ってわかる

 抜け始めてわかる...なんてCMが昔ありました.バイク乗りの私はまさにそれを実感しておりますw

 さて,これまでにデジタル革命以降の工業先進国における変化をソフトハード保守の観点で考察してきた.今回はインフラについて考えてみたいと思います.デジタル革命でそのあおりを食らったのがデジタル製品を作ってきた弱電関連のメーカなのはここ数年の報道を見て誰もがわかったことかと思います.一方強電系のメーカはその影響が軽微だったのも同じように報道がされております.強電,すなわちライフラインに関する業界である.

 デジタル化というのはどちらかというと,個人で出来ることは個人に,言った者勝ち,という自己責任,自己主張の世界である.品質や安全よりコスト重視である.インターネットやスマホ,デジカメはそのわかりやすい例である.セルフサービスもその一環であろう.サービスの質を落としても安い方がいい,そういう風潮である.90年代までなら耐久性,快適さ,気遣いという付加価値を付けることでコストダウン分を補って価格を維持したり,インフラや雇用を肉厚なものにしてきた.そのような改善活動が先進国の物質文明が飽和するまで成功モデルであったが,デジタル時代は帝国主義の時代に先に世界に植民地という形で兵站を広げた西洋文明にセルフサービスなデジタル化が相まって”世界に通用しない”製品となってしまった.かつてなら先進国にならなければ作ることの出来なかった工業製品と,得られなかった生活レベルが,デジタル化で産業が途上国に移るにつれ,インフラが貧弱な彼らのレベルがスタンダードになった(フィルムの現像が自分の住む町で依頼できるなんて言うのは後進国ではあり得ないインフラである).インフラだけでなく賃金も彼らのレベルに落ち着こうとしている(貧困のグローバル化).安ければいいでインフラ社会システムのレベルを削ってもまだそれを実感しなくてすむのは,それだけの貯金があったからで,メンテナンスを怠り,やせ細って貯金が底をつき始め格差社会と相まって気づいたときには取り返しのないところまできていることだろう.

アニメ、アイドル、元気な中小企業……日本は「過剰品質」で突き進め!(Diamond)

 安ければいい,セルフサービスで品質を低下させるうつろいなデジタル化の逆である,かつての過剰品質を追求してもユーザが買い求めるアナログな工業製品群に特化していかないと,この国は先進国としての立場とともに社会のモラルまで凋落してしまうのではないか危惧する.国民一人一人も武士は食わねど高楊枝の選択肢をとることが必要である.今ちょうどやっているオリンピックでも敵の有利な状況を作らせない自分に有利な状況で戦うのである.けっしてグローバルスタンダードに迎合するのではないのである.

後悔先にたたず,後悔役にたたず,後悔後をたたず

デジャブ

恒例のものづくり白書が公開された.これを読むと2年前の経産省産業構造ビジョン~日本は、何で稼ぎ、雇用していくのか~から何も変えられていない現実がわかる.概要から抜粋してみる.
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これはここで書いてきたことをまとめたのではない.経産省に選ばれし委員がまとめたものである.しかし上から

(製品のデジタル化・モジュール化の進展)
モノの対価として妥当な金を出すということ

(製造工程の付加価値の減少)
メイド・イン・ジャパンの命運(NHKスペシャル)

(デジタル化・モジュール化により,事業優位の獲得が困難に)
究極の工業製品
デジタル時代のゲームのルール

で書いてきたことをあらためて委員がまとめてくれただけで,どうしたらいいというビジョンを示せていない.”人々を不幸にし始めたグローバル化、効率と速さはもういらない”(JBPress)ではひとつの方向性を示している.文化とはで書いたのと同じ方向性である.先進国が先進国らしくノーブルオブリゲーションを持って行けばいいのだ.


後悔先にたたず,後悔役にたたず,後悔後をたたず

ハードオフ様々11

今回はTIARAⅡを確保しました.カメラを長くやってる人ならご存じ,94年フジが当時の高級コンパクトカメラブーム(ContaxT2,Nikon28,35Tiなど)に対抗して出したカメラです.当時28mmのレンズを載せたコンパクトは高級機ですら多くなく,さらに3.5万円の価格ながらカタログが高級機並みの高価なバージョンがあったりとフジの力の入れようがわかります(もっともこのカタログはイベントなどでしか配らなかったので手にできた人はそう多くないと思います).実際その写りはテッサー構成に多いコントラストの高さの中に階調を有するというフィルムの良さを遺憾なく発揮できるカメラです.TIARAはⅠ型とⅡ型があり,Ⅱ型からインドネシアに生産移管されたようです.外観以外の変更点は電池蓋がフィルムシートで本体から外れないよう改善されたことくらいでしょうか?
 さて,確保した個体は写真のように傷が多くネジがなくなっているために裏蓋がきちんと閉まらない状態でした.TIARAはⅠ型もⅡ型も所有しており,更に部品取りの個体を有しているので,前所有者が分解した場合に予想される傷の箇所(例えばファインダー周りの化粧板)などは予想がつくので,そのようなものが確認できないことから何らかの理由でこのネジがなくなったために蓋がきちんと閉まらなくなっただけと判断し,500円のこの個体を確保しました.案の定,このネジがない状態だと蓋が閉まった状態と認識されずレンズが動作しませんでしたが,部品取りの個体からネジを分け適用したところきちんと動作するようになりました.
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持続可能な産業

持続可能,と言う言葉は最近ではエネルギーの枕詞のような感じがある.さらにはこれが再生可能な自然エネルギーと同義とすら定義されている.持続可能とはある閉じた系の中で循環が続けられることを意味する.今回は持続可能を産業の形容詞として考えてみた.

デジタル化に伴う産業構造の変化について,ハードソフトと述べたので,今回はメンテナンスについて考えてみる.産業が持続的に回り続ける構造として購入後にも何らかの金と物が回り続ける構造がある.金だけでなく"モノ"が回ると言うことはそこにその設備という産業が生まれるので雇用への効果が大きい.身近なところだと,音楽ならばCDという円盤や,写真であればフィルムとその現像であったり,車なら車検である.業務用途だとコピー機や空調の保守点検がこれに当たる.業務用空調機は赤字で売ってメンテナンスで儲けると云うビジネスモデルを構築した.このうち前の二つはデジタル化でその産業が大幅に縮小した例である.デジタル産業化で,完結型の商品が増えたために産業の裾野が小さくなったり,さらにはハードの製造も生産技術への要求の低下で国外へ出て行ってしまった.かつて工場があったところがショッピングモールや高層マンションになっている.そこにあった雇用はどこに行ったのだろう.そこにあった雇用を海外に出すような消費の選択をしたのはそこに働いていた人一人一人である.国内にハードを作る工場がある意味についてはすでに述べたように国内で供給できない(足りない)エネルギーを買う資金(外貨)を得るためである.ショッピングモールのような内需型産業はこれまでに貯金した国内の富を海外に出すだけである.この国はどこへ行くのだろう.

後悔先にたたず,後悔役にたたず,後悔後をたたず

文化とは

日本、先進国から脱落?…経団連の研究機関予測(読売)
なる報告書が上がってきたとのこと.今のような経済にした張本人である経団連が何を今更,と言う気もするが.ネットでは先進国から脱落したら何が悪いのか,と言うコメントが見られる.簡単に言えば今のパソコンやケータイやデジカメのようなデジタルツールに囲まれた生活をできなると言うこと,途上国の生活レベルや賃金レベルに落ちていくと言うことである.外貨を得る手段であった工業製品による収入が減るので国内でまかなえないエネルギーを十分に買えないからだ.つまり,国内にあるエネルギーだけでやりくりしなくてはならない.鎖国をしていた江戸時代のようなものである.何度も繰り返すが,今の生活レベルは地球が何億年もかけて貯金した,採掘のエントロピーが小さい化石燃料を利用しているからで,そしてそのエネルギーを先進国になることで優先的に利用することができた.太陽からのエネルギーだけで世界中の人がやりくりする時代になったら,中世の時代の生活レベルにしなくてはならない.その時代に日本には武士は食わねど高楊枝という文化があった.

○富士フイルム季刊誌「FILM&IMAGE」VOL.27

自分が生きてきた時代というのは、残してきた写真で確認するようなところがありますからね。


「B層」グルメに群がる人(産経)

「これが私の作品です」と一端の料理人のような顔をしている素人が増えている。これはグルメだけの話ではない。社会全体にB層的価値観が蔓延し、それを資本が増幅させている。その結果、一流と三流、玄人と素人、あらゆる境界が失われてしまった。こうした社会では素人が暴走する。


最近流布の「三丁目の夕日症候群」批判に反論(ポストセブン)

今の人は、携帯電話やゲームといった生活を便利、快適にするものにしかお金をかけません。心を耕すことに興味を持たない“非文化大国”になってしまった。これは20世紀後半からの先進国全体の傾向といえます。その中でも日本は突出しているように感じます。


デジタルツールのおかげで自己主張の場が一般の手にも渡ったためにポップカルチャーが”文化”を凌駕した. そしてそのデジタルツールが先進国にもたらしたのは先進国が先進国たらしめてきた工業技術を後進国に手渡して途上国のレベルに下りて行かざるを得なくなったことを述べてきた.先進国はアナログ技術という訓練しなくては上れない登山道を切り拓いて頂上を極め,さらに隣に高さはどっちが高いのか分からないデジタル山を極めようとルート開拓したらデジタル山は難易度の低いルート(モジュールとアセンブリ)が切り拓けてしまい,登山人口の多い(人口の多い途上国)銀座コースができてしまった.アナログ山のルートは廃道になりかねない.例えるならばこんなところなのかもしれない.人はなぜ山に登るのか,と言う問いに対し,マロリーはそこにあるから,と答えたと言うがこれは難易度の高い処女峰としての山がそこにあり,自分がパイオニアワークを成し遂げると言うことを意味していた.そこにあるから,の意味を分からずに使ってるとその背景を知ってる人から見ると恥ずかしい人だな,と思うだけである.継続性が文化を形成する要素であるが,うつろいなデジタル時代のポップカルチャーはこれまでの文化とは少なくとも質を変えており,”文化”はこのまま"廃道"になってしまうのだろうか.

後悔先にたたず,後悔役にたたず,後悔後をたたず

おいしいお菓子

ここ数年,指名買いしている余りメジャーではないけど個人的においしいお菓子を紹介します.いずれも一袋200-300円前後なので安いお菓子ではありませんが,大人買いするに足る味です.

【北海揚】オタル製菓
かりんとうというジャンルに入るお菓子です.黒糖の味より,ゴマの味が強く,かりんとうにありがちな甘みの強さがないので,食べ出すと止まらなくなります.どうも最近内容量が減量されたようで,実質値上げされたことになります.ベルクやベイシアで買えます.

【みっちりごま】根本製菓
ごませんべいというジャンルに入るお菓子です.一枚の大きさが手のひら位はある大きさですので,食べるときは割って食べることが必要です.こちらもゴマの風味が強く食べ飽きないおせんべいです.ジョイフルホンダで買えます.

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究極の工業製品

電機メーカの決算が発表され,いよいよこの国のこれからへの危機感が高まってきた.

アップルの隆盛と雇用喪失(Diamond)

世界で最も速く凋落する日本
2012年はささやかな“最後の春”
(日経BP)

引用している記事はいずれも経済記事なので現状への認識は当方と同じであっても,その原因への見方は異なる.現状認識についてはここで2006年以来述べ続けてきたことが2008年のリーマンショックでいよいよ先進国に住む誰もがそれを現実と認識しなくてはならなくなったことに対してである.前回デジタル産業の中核をなすソフトに関して考察したので,今回は生産技術に関して考察する.

ISO9001に代表されるように,工業製品の製造においては究極的には素人が製造ラインに立ってもすぐにそれを習得できることは理想である.この考え方が普及してから業界が立ち上がったデジタル産業はその点で優良児になろうとしている.ライン工の能力が低かったり,生産向上への意欲がなくてもできるような生産工程になっている.

一方,工業製品の反対側にいる製品,工芸品である.こちらは職工さんの能力が低かったり,意欲が低ければ製品として成り立たない.歴史的に見ると,工芸製品から出発し,アナログの工業製品になって,それが現在デジタルの工業製品となった.その過程でだれでも作ることのできる製品,究極の工業製品へ近づいてきた.つまり先進国が先進国たらしめてきた工業技術というのは生産技術によるところが大きい.必要は発明の母と言うが,ニーズを実現化するためにある程度の能力を持った人数の技術者と生産技術が必要なのである.ところが,デジタル革命以後,部品のオープンアーキテクチャ化やモジュール化と相まってコンピュータがその一部であっても代わりをできるようになってしまった.つまり,アナログ時代のようなニーズを思索し,設計し,工程管理するために必要だった優秀な技術者をたくさん集めて初めて作れた工業製品は,デジタル製品ではそれらを省力化できるために先進国でなくてもよくなったのである.アナログ時代の途上国への工場シフトは現地の労働生産性の低さゆえに頭脳の流出にまでは至らなかったわけである.デジタル製品にこだわる限り,わざわざ賃金の高い先進国の産業としてはもはやなりたたなくなったのである.アナログ時代の貯金で今の位置を築いた賃金の高い先進国は,自分でまいた種で自分の首を絞めている.またこれらデジタル製品が昨今求められる環境性と本当に調和しているのかについてもかつて述べた.2012年はこの新しい工業技術が自分らのためになるのかを考える最後の精神的にゆとりのある年になるかもしれない.

後悔先にたたず,後悔役にたたず,後悔後をたたず

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色不異空 空不異色
色即是空 空即是色
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この艦は我が帝国のつくったものではない,別種の精神でつくられたものだ!

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